シリーズ『くすりになったコーヒー』


 乳癌が怖いのは転移があるからで、転移さえなければもっと安心して治療できるのだそうです。転移を防ぐための最大の課題は「乳癌の転移が何故起こるのか」を知ることですが、これが本当に難しい。それでも少しずつ進歩があるのは確かです。最近の論文を紹介しましょう。


●乳癌の肺転移にはコラーゲンが関係している(詳しくは → こちら )。


 図1をご覧ください。



 グルコースの分解で生じるピルビン酸は、肺細胞の中鎖脂肪酸ゲートMCT2を通って細胞内に入ります。次にピルビン酸はα-ケトグルタル酸(α-KG)に変わります。ここでα-KGの特性に注目しましょう。その特性とは、プロコラーゲン分子の構成アミノ酸の1つであるプロリン分子に水酸基(-OH)を導入することです。この化学変化はプロリン-4-水酸化酵素(P4HA)の働きで加速(触媒)されるのですが、α-KGはその酵素を活性化する特性をもっています。結果としてプロコラーゲンは水酸化されて、プロリンがヒドロキシプロリン(OH-プロリン)に変化して、OH-プロコラーゲンができるのです。


 この増量したOH-プロコラーゲンが細胞から排出されると、細胞と細胞の隙間に溜まり、そこに種々の物質が集まって、ニッチと呼ばれる不安定な塊を作ります。実はこのニッチこそが、血液中を流れている乳癌細胞の新たな住処になるのです。


●血中の乳癌細胞は新たな住処を求めているが、ニッチがその場を提供する。


 ニッチとは、隙間、居場所、最適な場所等々の意味で使われますが、医学用語としては組織のなかにできる「微小環境」という意味でよく使われるようになりました。そしてコラーゲンが集合した肺組織のニッチが、血液中を流れている乳癌細胞にとって実に住み心地の良い転移先になるのです。


 では次に、肺にニッチが出来る過程で、コーヒーが関与する箇所があるでしょうか?魅力的な論文が見つかりました。


●ハムスターの実験で、ニコチン酸アミドを投与すると肺組織のコラーゲン蓄積が抑制される(詳しくは → こちら )。


 そのとき同時にP4HAの活性が下がっていることも確認されました。つまり図1の中鎖脂肪酸ゲートMCT2が、ニコチン酸アミド由来のニコチン酸によって閉鎖されて、ピルビン酸が入れなくなっているのです。もう1つ別のメカニズムとして、ニコチン酸アミドが補酵素NADに変換されていることが観察されました。NADの増加は、エネルギー物質ATPの増加をもたらすはずですが、これも実験で確認されました。


●もしかすると、NADが増えてミトコンドリアが活性化されることが、乳癌転移の抑制に関わっているのかも知れません。


 以前に紹介したことですが、コーヒーが乳癌の転移リスクを下げるとの疫学データがあります。そうでないとのデータもあって状況は複雑ですが、ある種の乳癌の転移の抑制にコーヒーのニコチン酸が関与している可能性があります。ということで乳癌患者のコーヒーの飲み方、どんなコーヒーをどのくらい飲んだらよいかについて、さらなる研究の進展を待ちたいと思います。


(第382話 完)


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