医薬経済社原稿
シリーズ『くすりになったコーヒー』


 弘前市でコーヒー業を営む成田専蔵氏、2007年の日本経済新聞(3月1日)文化欄に、「津軽藩兵を救った珈琲」を書きました。厳冬期の宗谷岬(と斜里町)に駐屯した藩兵が浮腫病で亡くなった事件(1807年)です。それから半世紀を経た1855年、今度は幕府の計らいでコーヒーが配給されて、浮腫病による死者は出なかったというのです。筆者はこの史実に驚嘆するとともに、新たに2つの疑問を持ちました。2回に分けてウェブを深読みしてみます。


【疑問1】浮腫病にコーヒーが効くとして、誰が、何時、何処でそれを見つけたのか?


 江戸時代の1803年、長崎に滞在していた蘭方医・廣川獬は、著書「蘭療法」に「コーヒーは浮腫病に効く」と書きました。幕府はこの情報を得て、1855年の津軽藩第2次遠征でコーヒーを配ったのです。「蘭療法」に書かれた情報「コーヒーは浮腫病に効く」の出所が気になります(第248話も参照)。




【深読1】「蘭療法」の150年前に遡ります。1652年のロンドンで、コーヒーハウス「パスカロッセ」が開店しました。その宣伝ビラに、「コーヒーが浮腫病(dropsy)、痛風(gout)、壊血病(scurvy)に効く」と書いてありました。他にも色々な病名が書いてあって、特にアル中が心配な呑兵衛たちがこぞってパスカロッセに通ったそうです(詳しくは → こちら)。


 17世紀半ばといえば、栄養概念なし、病気治療は祈祷師にお任せ。ヴァスコ・ダ・ガマに始まって150年続いた大航海時代が終わりに近づき、世界地図が描けるほどになったのに、その裏側では、100万人超の船乗りが壊血病で死んでいたとは驚きです(年表を参照)。


●例えば、ヴァスコ・ダ・ガマの航海(1497-8)では、147名中の92名(死亡率63%)が壊血病で死亡した(津軽藩兵は一冬で100名中の72名が死亡した)。


 ダ・ガマの船団が喜望峰を過ぎた辺りで、早くも病人が出始めました。運よく1度だけ手に入ったレモンを食べると、壊血病は数日で回復したのだそうです。しかし食と病気の因果関係に気づくことはなく、その後も大勢が死んで行きました。航海日誌にコーヒーの話はありません。パスカロッセの宣伝ビラが正しいならば、航海中にも「コーヒーが壊血病を予防した」はずです。しかしオスマン帝国が支配するイスラムの地で、キリスト教徒が大量のコーヒーを買うなど不可能だったと思われます。


 ほぼ同時代の中国にも、大航海の話があります。


●中国・明代の武将・鄭和(ていわ)が率いた大艦隊は、南京からアラビア半島に6回も遠征(1405-1422)したが、甲板に菜園を作って、採りたて野菜を食べていた。


 農耕民族にとって野菜抜きの生活はあり得ません。甲板菜園のお蔭で、鄭和艦隊の記録に壊血病や浮腫病の話は出てきません。しかし津軽藩兵の場合には、冬の蝦夷地で野菜は作れず、それに代わる方策は皆無でした。津軽藩兵を死に追いやった浮腫病とは、大航海の壊血病と同じ病気なのです。その証拠となるアイヌの話が秋田藩の記録に残っています。


●アイヌ民族はハマナスの花や果実を茶のようにして飲むことで、水腫病(=浮腫病)を予防していた。


 1857年、幕府は秋田藩兵を留萌に駐屯させました。このとき随行した藩医・岩谷省達は、アイヌの人々がハマナスを常用することに注目して、日記「胡地養生考」を書き残したのです(詳しくは → こちら)。




 岩谷の指導でハマナス茶を常用した秋田藩兵に水腫病の死者は出ませんでした。何故でしょうか。この史実に目をつけた北見工業大学の山岸喬教授は、北海道に自生しているハマナスのビタミンCを分析して、実にレモンの100倍以上であることを突き止めました(図を参照)。
ハマナスが効いた蝦夷地の水腫病(=浮腫病)と、レモンが効いた大航海時代の壊血病は、どちらも同じビタミンC欠乏症(=壊血病)だったのです。では話をヨーロッパに戻しましょう。


●パスカロッセの「コーヒーは浮腫病に効く」の出所は、パスカロッセ自身だった。


 筆者は日本語、英語、オランダ語をGoogleとBingで翻訳しながら、オランダ語ウェブサイトを探りました。しかし「コーヒーと浮腫病」の話はヒットしません。その代りに、カフェ経営者のブログが示唆的でした。「オランダはヨーロッパに初めてコーヒーを運んだ国だけれど、コーヒーを麻薬やアルコールに替わる薬と見做して大ブームを起こしたイギリスのようにはならなかった」(詳しくは → こちら)。


 ということで、情報の出所としては、「パスカロッセの宣伝ビラを監修した医者か科学者」に絞られました。そこでパスカロッセに入り浸っていた医者を探してみたところ、17世紀イギリスを代表する大物医師の名がヒットしたのです。


●自身も痛風を病んでいたオックスフォード大学教授ウイリアム・ハーベー(1578-1657:血液循環論[心臓は血を温める鍋ではなく血を全身に流すポンプ]で国王の侍医になった初代王立科学協会員)は、パスカロッセに入り浸っていた。


 グーグルブックに書かれているハーベー関連記述によると、「ハーベーはコーヒーの素晴らしさを宣伝するためにパスカロッセに通った」とか、「17世紀は宗教から科学へ祈祷師から医者への議論で喧しく、某医者が言うことには、コーヒーは浮腫病、壊血病に効くとのことだが、別の医者はコーヒーにミルクを入れて飲むとハンセン病になるという」。某医者とは、文章の前後関係から読み取ると、ウイリアム・ハーベー教授に間違いないのです(詳しくは → こちら)。


 ハーベーは王立協会初代会員に選ばれるほどの大物教授だったので、イギリス中の医者がハーベーの説に従ったのだそうです。ですから「珈琲で尿を出せば浮腫は治まる」程度の根拠だったとしても、ハーベー教授が「コーヒーは浮腫病に効く」と言えば、それはイギリス医学会の見解ということになったのです(詳しくは → こちら)。


●パスカロッセの宣伝ビラを監修した医者は、当代切っての大物医師、ウイリアム・ハーベー教授だった。


 そしてオランダ船団が、植民地ジャワ産のコーヒー豆とともに、宣伝ビラの情報を長崎に届けたということになるのです。では次回は、「コーヒーは浮腫病にどう効くのか?」、その驚きのメカニズムに迫ります。


(第256話 完)


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