シリーズ『くすりになったコーヒー』

 今月の1日(土)、日本薬史学会の柴田フォーラムに招かれて、「珈琲一杯の薬理学/コーヒーは初めから薬だった」の講演してきました。東大名誉教授で今年百寿になられる柴田承二先生を記念するフォーラムでした。さすがに柴田先生のご臨席はありませんでしたが、会場はそれなりに盛り上がっていました。


 どうして薬史学に縁のない筆者が講演を引き受けたかといいますと、実は柴田承二先生は筆者が博士号をいただいた時の審査委員だったのです。フォーラムは先生抜きで進行しましたが、筆者にとっては最前列にお姿が見えるような怖い気分でした。


 さて本論です。実を言いますと拙著「珈琲一杯の薬理学(詳しくは → こちら)」の第一章は、「珈琲一杯の薬史学」なのです。アマゾンでは既に絶版扱いですが、出版社にはちゃんとありますので、この際目次だけでもお目通し下さい。「コーヒーは初めから薬だった」のあらすじは立ち読み可です。


●薬としてのコーヒーの宣伝活動は、1652年にロンドン(旧名称:コーンヒル)のコーヒーハウスで始まった。


 下の地図は柴田フォーラムで使ったパワーポイントの1枚です。



 この地図は17世紀のロンドン中心部のぐるなびです。驚くべきことに地図にあるほぼ全店舗がコーヒーハウス(赤色)だったということ。まるで東京の歌舞伎町の飲み屋街みたいなものだったのです。


 コーンヒルにコーヒーハウスが出来る600年以上も前に、有名な「アビセンナの書」にコーヒーの効能が書かれています。コーヒーは胃の薬で、それ以外には書いてありません。一方、コーンヒルで大繁盛したコーヒーハウスの宣伝ポスターには、もっと色んな病気の名前が書かれていました。


 疫学調査もなかった時代に、どうやって情報を集めたのでしょうか?その答えは、「コーヒーハウスには医者も政治家も芸術家も、ありとあらゆる種類の富裕層が毎夜のように集まって、政治、経済、芸術、医学の最新情報で盛り上がっていた」ということです。


 そんな中、コーヒーハウスの経営者が、客から聞き取った「コーヒーは薬である」との話を商売に使おうと、ポスターやチラシを作ったに違いないのです。実際、都市の政治・経済を動かしている大物たちの「コーヒーは薬だ」の情報は、あっという間に人々のハートを捕えて、コーヒーハウスの人気は益々盛り上がったというわけです。


 こういうお話が、コーヒーのバイブルとも言われているウィリアム・ユーカーズ著“All About Coffee (first ed. 1922)”に詳しく書かれています。日本語版は何万円もするのですが、原物はネットに無料で公開されています(詳しくは → こちら )。



 さて、日本でコーヒーの薬用記録が残っているのは、江戸時代の蘭学者・廣川獬の長崎聞見録です(1795年)。そこではコーヒーは胃の薬で、遠く「アビセンナの書」と同じです。それに比べますと、コーンヒルでは、効き目の内容がずっと広がっているのです。ただし、病気の診断は不確実でしたから、例えば“dropsy”が今風に言ったらどういう病気なのか、更なる深読み(検証)が必要です。


 ちょっと長くなりますが、どうせ長い歴史の話なのでご容赦ください。


●史実の正誤の検証には、コーヒー成分の薬理学が前提となる。


 Scurvy(現在の壊血病)とDropsy(現在の浮腫)を、ステッドマン医学大辞典で比べてみます。


 Scurvy:壊血病(飢餓性衰弱、無気力、貧血、それによる浮腫、歯肉の海綿状化(ときに潰瘍形成を伴う)、皮膚内への出血および粘膜からの出血などを特徴とする疾病。ビタミンCを欠いた食事が原因である)。


 Dropsy:edemaの古語。水腫、浮腫(細胞、組織、または漿膜腔内における水状液の過剰な貯留)。(筆者追記:体部位により各種の浮腫あり)。


●ScurvyとDropsyに共通のキーワードは「浮腫」である。


 そこで、コーヒー成分のなかから浮腫を予防/改善するものを探ってみますと、利尿作用のあるカフェインが浮かんできます。ですが、いわゆる壊血病をカフェインで予防できるはずがありません。そこで、Scurvyを「飢餓性衰弱による浮腫」と考えて、かつDropsyをNutritional edemaとするならば、これらは共に栄養不足から起こる衰弱が原因の浮腫を伴う病気である・・・となるのです。


●そこで、コーヒーに必須栄養素を探してみると、ニコチン酸(ビタミンB3)があるではないか。


 細部は省略しますが、一応の結論として、「カフェインとニコチン酸が栄養不足の衰弱と浮腫をある程度改善してくれる」ではないのか・・・となりました。薬史学と薬理学からできた仮説を更に検証するには、新たな実験を組むしかありませんが、でもちょっと待てよ・・・。


●もし猛暑の夏バテにコーヒーが効いたら、「コーンヒルの宣伝文句は正しい」となるのではないでしょうか?


(第248話 完)


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