シリーズ『くすりになったコーヒー』


●コーヒーを飲むとおしっこの量が増えて脱水症になる?


 昔からこんな「はてな?」がありました。17世紀のロンドンに当時の記録が残っています。女人禁制のコーヒーハウスに入り浸って、朝まで帰宅しない亭主に怒った奥様達が、ロンドン市長宛に請願書を出したのです。


●コーヒーは男たちの体を干からびさせるので、コーヒーハウスを閉鎖して下さい(詳しくは → こちら)。


 おそらくこの事件が「コーヒーは脱水症の原因」の原点だと思われます。今ではカフェインの利尿作用が知られていますから、「カフェインが体液を排出させて脱水症を起こす?」ということになるのですが、嘘か本当か?恐らく嘘でしょうが、確かな実験はありません。


 近代医学の歴史のなかで、カフェインは「最初の無毒な利尿薬」として医薬品になりました。カフェインが発見されて間もない1864年から、テオブロミン(カフェインの代謝物の1つ)が使われはじめた1887年まで、カフェインは西側諸国で最強の利尿薬だったのです。日本なら江戸末期から明治の半ばのことでした。


 そういう歴史があるにもかかわらず、カフェインと脱水症の関係について研究されたことはありませんでした。ようやく今年になって、初めての論文が出たのです。


●適量のカフェインを飲んで脱水症になることはない(詳しくは → こちら)。


 この論文が掲載された学術誌は「プロスワン」という有名誌です。英語圏ウエッブには数多く紹介されていますが、日本語での報道は少ない上に、どれも「カフェインとコーヒーを区別せずに」記事を書いています。ですから「適量のカフェインは脱水症を起こさない」という実験内容が、「適量のコーヒーは脱水症を起こさない」というように、言い換えて紹介されているのです。この論文にそんなことは書いてありません。


●論文に書かれた実験は、毎日コーヒーを3〜6杯飲んでいるコーヒー大好き男です。


 コーヒーが好きで毎日飲んでいる男性被験者に、「4mg/kg体重のカフェイン(コーヒー1〜2杯相当)」を1日4回飲むという実験を行ったのです(図1の上段を参照)。


 この実験は、よく考えてみるとおかしな実験なのです。何がおかしいかといいますと、毎日カフェインの入ったコーヒーを飲んでいる人に、それとほぼ同じ量のカフェインを飲ませて、「適量のカフェインを飲んでも脱水症にならない」との結果が出て、それを「コーヒーを飲んでも脱水症にならない」と言い換えたのです。これは科学的ではありません。何故なら、大事なことが抜け落ちてしまうからです。


 大事なこととは、図1の下段に書いたような人のことで、普段はコーヒーを飲まない人がカフェイン(またはコーヒー)を飲んだらどうなるのか、この実験が抜けているのです。



コーヒーの疫学調査のなかに、「コーヒーの慣れ」を示すメタ解析論文があります。


●普段コーヒーを飲まない人がコーヒーを飲むと、血圧が上昇する(詳しくは → こちら)。


 血圧上昇と脱水症とは別の話ですが、両方ともカフェインの関与が考えられています。共通して言えることは、「カフェインには慣れがあって、普段飲まない人が飲むと強く効く」ということです(図1の下段)。ですから、カフェインで脱水症を起こす人がいるとしたら、それは普段コーヒーを飲まない人の場合です。


●普段コーヒーを飲まない人で実験しないと、カフェインと脱水症状の本当の関係はわからない。


 そういうことですから、普段コーヒーを飲まない人が、何かの理由でコーヒーを飲み過ぎれば、血圧が上がったり、体液のイオンバランスが崩れたり、脱水症状を起こしたりするかも知れません。


●夏場に美味しいアイスコーヒーでも、普段飲みつけない人は飲み過ぎにご注意ください。


(第203話 完)


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