シリーズ『くすりになったコーヒー』


 日本コーヒー文化学会の星田宏司氏が怒っている。日本を代表する報道機関や、人気TV 番組の有名司会者たちが、おやじギャグみたいな珍説を、本当のように語っているからだ。お蔭で銀座の街の、ナニコレ珍百景みたいな喫茶店が視線を浴びている。


●「銀ブラ」とは、銀座のカフェ・パウリスタでブラジルコーヒーを飲むこと。


 同社の社長が自著に書いた商売繁盛の願望を、読売新聞や東京新聞など影響力のあるマスコミが、出典を確かめずに報道したことが切っ掛けになった。それをTVや雑誌の司会者やら、コメンテーターが面白がって喋ったり、食べログまでがそうなったので、無数の個人のブログにも、銀ブラ珍説が満載である。


 さて、日本コーヒー文化学会で常任理事を務めている星田宏司氏は、「珈琲と文化」2013年秋号(いなほ書房、9月30日発行)で、珍説の珍説たる根拠を解説している。氏がこれを珍説と呼ぶ根拠の1つを紹介しよう。



 作家の小島政二郎は慶応義塾三田校舎で学んでいた。「同窓に成毛五十六という詩人がいた。授業が終わると三田通りから芝公園を抜け、日陰町の狭い通りをブラブラ歩いて、芝口から新橋を渡って、銀座へ出る。これを「銀ブラ」と云いだしたのは、成毛五十六の造語である。」と残している。コーヒーの話なんかは何処にも出てこない。


 銀座を大いに研究していた評論家の安藤更生が、「銀座細見」に書いている。慶應義塾の学生が、たむろして銀ブラするようになってから、何処かに集会できる店はないかと探していた。それを聞いた教授の永井荷風が、銀座でカフェ・プランタン(パウリスタではない)を経営していた松山氏に、「三田の学生がカフェ・プランタンで会をしたがっているが、二階を貸して貰えないだろうか」と話した。松山氏は承諾し、荷風は「それはさぞ皆が喜ぶだろう」と言ったということだ。学生のなかには、水上龍太郎や久保田万太郎もいたのである。


  銀座で有名な「銀座細見」にカフェ・パウリスタの名は何処にも出てこない。慶応の学生が銀ブラの最後に立ち寄ったのは、カフェ・パウリスタではなく、カフェ・プランタンだったのだ。星田氏によれば、銀座でコーヒーを飲むことは、色々ある銀ブラの楽しみの1つに過ぎない。銀ブラすれば必ずコーヒーを飲むということもない。しかもそのコーヒーがブラジル・コーヒーだったり、カフェ・パウリスタのコーヒーであることは全くない。銀ブラのブラは、ブラジルのブラではないのである。


●銀ブラとは、特別の目的なしに銀座の街の雰囲気を享楽するために散歩すること。


 これが史実に忠実に検証される銀ブラの意味である。


 間違った報道を恥じていないマスコミの人たちは大いに反省すべきなのだ。
尚、星田氏によれば、「銀ブラの語源を正す」が間もなく発売されるそうである(お問い合わせは → いなほ書房)。


(第185話 完)


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栄養成分研究家 岡希太郎による
『コーヒーを科学するシリーズ』
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