シリーズ『くすりになったコーヒー』


●喫煙は膀胱癌の最大リスク因子である。


 これは常識です。膨大な疫学調査によって、タバコを吸う人は吸わない人に比べて2〜4倍も膀胱癌になり易いのです。ではコーヒーはどうでしょうか?実は結論は出ていません。コーヒーには両論あって、以前はリスクの増加を心配する意見が多かったのですが、最近になって逆にコーヒーは安全という調査結果が増えてきています。疫学調査の進め方が改善されて、調査結果に影響が出たのだと思われます。状況はやや複雑ですが、今年になってようやくメタ解析論文が発表されました。


●過去に遡って調べるケースコントロールスタディー(過去の記録調査)ではコーヒーは


 膀胱癌のリスクを高めたが、将来発癌するか否かを追跡観察する前向きコホート研究ではコーヒーは膀胱癌と無関係だった(詳しくは → こちら )。


 以前は調査結果を早く知るために、膀胱癌の人とそうでない人に分けて、「過去にコーヒーをどれだけ飲んでいたか」をアンケート調査していたのです。人の記憶は薄れがちですから、この方法で正しい結果を得ることは非常に難しいことでした。


 その後、調査開始時点でコーヒーを飲んでいる人とそうでない人に分けて、5年、10年、あるいはそれ以上かけて追跡調査する方法が採用されました。長い年月をかけてようやく得られた調査結果は、「コーヒーと膀胱癌は関係しない」というように変わってきたのです。でも安心はできません。国立がん研究センターが実施した日本人の調査のことがちょっと気にかかります(図を参照)。



●日本人男性の場合、コーヒーを飲む人の膀胱癌罹患率は、ほとんど飲まない人の2.24倍である(詳しくは → こちら )。


 国立がん研究センターの記事によりますと、膀胱癌の原因はカフェインにあるとのことです。そして、コーヒーと同じくカフェインを含む緑茶を飲む人が発癌しないのは、コーヒーよりカフェインが少ないからとのことです。さらに、タバコを吸わずにコーヒーを飲む人の罹患率が高い理由は、タバコを吸う人はカフェインを早く代謝して排泄するからなのだそうです。


 では、カフェインに膀胱発癌性が本当にあるのかと言いますと、確かな証拠はありません。少なくともコーヒー10杯に相当するカフェインで動物実験してもそんな結果は得られません。もし図の結果が正しいとするならば、カフェインは動物ではなく人間の膀胱だけに発癌性を示すということになるのです。そうなりますと、実験で確かめることは不可能です。


 ではでは、コーヒーのなかにカフェイン以外の膀胱癌原因物質があるでしょうか?昔から化学工場で働く人に膀胱癌が出やすいという観察がありました。日本では化学工場で見つかる可能性のある化学物質ベンジジンと2−ナフチルアミンの膀胱発癌性に特に注意が注がれています。ただし、こういう物質がコーヒーに含まれているかと言いますと、答えは「ノー」です。


 コーヒーは全体として癌を抑制する飲み物です。ただ何故か膀胱だけがコーヒーで発癌する可能性が捨て切れていないのです。今後の研究の成り行きに注目です。


(第153話 完)


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