シリーズ『くすりになったコーヒー』


 パーキンソン病の原因の1つは、身の回りの化学物質です。発見の切っ掛けは、1980年頃、北アメリカの麻薬工場で起きた異常な大流行でした。合成麻薬ペチジンの製造工程で、作業員が次々にパーキンソン病になったのです。


 間もなく原因がわかりました。合成麻薬ペチジンの最終製造工程で、不純物として出来るMPTPという物質が犯人だったのです。今風に言えば想定外の出来事でしたが、それでも
1つ疑問が解けると、次の疑問が生じます。


●麻薬工場とは無関係な人でもパーキンソン病になるわけは、脳のなかにMPTPに似た物質があるからである。


 普通に健康な人が年をとるとパーキンソン病になる理由は、ごく普通の脳内物質が原因だからなのか?・・・そんな考えに導かれて、実は医学誌“ランセット”に掲載した筆者の仮説は、ベータカルボリンでした(下図を参照)。



 それから20年ほど経った2006年、筆者の仮説がラットの実験で証明されました。ヒトの脳内から見つかったベータカルボリンの1つが、ラット脳の神経細胞を傷つけて、パーキンソン病の症状を出したのです(詳しくは → こちら )。


●MPTPやベータカルボリンは、脳にあるモノアミンオキシダーゼという酵素の作用で毒に変わる。


 そして、


●コーヒーとタバコの煙には、モノアミンオキシダーゼの作用を弱めて、パーキンソン病のリスクを減らす物質が入っている。


 さて、最新の疫学メタ解析によれば、コーヒーまたはタバコを多く飲んだり吸ったりする人のパーキンソン病リスクは低くなっています(詳しくは → こちら )。

図を見てください。



 この図の3組の3本柱、左はコーヒーをほとんど飲まない人達、中は毎日必ず1〜5杯を飲む人たち、右は毎日6杯以上飲む人たちです。各3本組の左(斜線)は喫煙経験のない人たち、中(灰色)は喫煙歴30年以下、右(黒に白点)は喫煙歴30年以上の人たちです。縦軸はパーキンソン病になったオッズ比で、数値が小さいほどリスクも小さいことを表わしています。


 コーヒーは喫煙には適いませんが、確実にリスクを減らしていました。喫煙なしのコーヒーだけの効果としては、1日6杯以上で0.78でしたが、喫煙が重なると0.48まで軽減されるのです。


 コーヒーと喫煙がともにリスクを下げるという事実から、次のことが解ります。


●コーヒーとタバコの煙に共通していて、モノアミンオキシダーゼの作用を阻害する物質はハーマンである(詳しくは → こちら )。


 コーヒーでもタバコでも、ハーマンは熱でできるのですが、その量はタバコの方が10倍ほど多いようです。それだけ喫煙はコーヒーより効果的ですが、賢明な人は喫煙の発癌リスクを考えて、コーヒーの方を選ぶはずです。


 それでは、冒頭に書いたカフェインは効いているかと言いますと、タバコのハーマンには及ばないでしょうが、量の少ないコーヒーのハーマンとはどっこいどっこいの効き目のように思われます。あるいはコーヒーの場合、「ハーマンとカフェインが相乗的に効いている」のかも知れません。その答えは間もなく出ると思われます。


【訂正】前回第147話の「虚血性心疾患」は「心不全」の誤りでした。お詫びして訂正します。


(第148話 完)


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