シリーズ『くすりになったコーヒー』


●昔、「コーヒーを飲んでいると癌になる」が常識だった。


 でも今は非常識になりつつあります。食生活習慣と病気の関係を調べる疫学の分野で、東北大学の辻一郎教授と、国立がん研究センターの津金昌一郎部長は、日本を代表する研究者です。その二人が週刊朝日(7月13日号)の取材に応えて、コーヒーの癌リスク軽減効果について、初めて前向きに語っています。大衆紙では初めてのことです。


(詳しくは → こちら  と  こちら )。



 記事のなかで印象に残るのは、津金部長「1日2杯のコーヒーを飲めば肝臓癌リスクが減る」との指摘です。根拠はコーヒー飲用と肝臓癌との関係で、1日2杯で50%近いリスク軽減が認められること、この傾向は世界各地の調査で同じように認められるということです(本ブログ・アーカイブスも参照)。


 辻教授と津金部長の調査は国内で別々に実施されたのですが、調査結果には幾つもの共通点が見えています。なかでもコーヒーが肝臓癌リスクを軽減するとの指摘は特に重要と思われます。日本人の全肝臓癌の90%強がウイルス性であり、かつウイルス感染が何らかの医療行為に原因しているからです。


 裁判の結果、B型C型肝炎ウイルス感染者は、国と製薬会社の責任で抗ウイルス薬治療を受けられるようになりました。治療に成功すれば肝臓癌にならずに済むのですが、誰もが成功するとは限りません。重い副作用に悩まされる人もいますし、治療費の総計は3兆円とも言われています。


 不思議なことに国も製薬会社も肝炎患者にコーヒーを飲むよう勧めることはありません。何故でしょうか・・・疫学調査で因果関係が見つかっても、薬事法に定められた臨床試験がないコーヒーなるものを、国が推奨するなどあり得ないことなのです。コーヒーと癌の関係にはこういう法的・社会的背景も絡んでいます。疫学調査結果を社会に還元する良い方法が見つかりません。


●薬事法に曰く、「医薬品の効き目を広告してはならない」


 では、コーヒーを販売する会社がコーヒーの効き目を宣伝することは薬事法違反か?と言えば、「コーヒーは医薬品ではないので違反とは言えない」という見解と、「医薬品でもないコーヒーが効くと言って宣伝するのは薬事法の虚偽広告に当たり違反である」という見解もあるのです。


 ではでは、食べものの病気予防効果を宣伝することは虚偽広告になるのでしょうか?


●ほとんどすべての医師や医学研究者が正しいと認める食べ物の効き目を宣伝することは合法である。


 言い換えれば薬事法ではなく、憲法が認める表現の自由を尊重するのです。例えば必須栄養素のビタミンやミネラルの効き目を宣伝して野菜や果物を売ったとしても、法律違反とはなりません。問題は、合法だからと言っていい加減に作ったインチキ製品を販売する業者の取り締まりです。当局はこういう違法行為を未然に防ぐために色々と制度を考えて、結果として「自分の首を絞める」ややこしい状況になってしまいました。少数のインチキを許さないために、辻教授や津金部長の貴重な意見を封印する始末なのです。


 辻教授と津金部長の週刊朝日の発言は、コーヒーというごく当たり前の飲み物の効き目を、十分な数のエビデンスを根拠にPRしようとする新しいタイプの試みです。十分に多くの専門家が認めるエビデンスを、研究者自らがわかり易く説明し始めたと見ることもできます。ちょっと前のトマトやバナナとは明らかに違っています。


●研究者自身がエビデンスを解り易く語ることで、コーヒーの新たな常識が社会に根づく。


 コーヒーをいくら宣伝しても、売れすぎて市場から消えることはありません。


(第142話 完)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄養成分研究家 岡希太郎による
『コーヒーを科学す下部のバナーからどうぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・