シリーズ『くすりになったコーヒー』


 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。


 さて、筆者も仲間入りした前立腺癌患者が増えています。原因は高齢化なので防ぐことはできません。男なら年を取ると誰もがこの小さな臓器が癌になるリスクを抱えています。コーヒーをいくら飲んでも肝臓癌のようには上手く予防できません。


●子作りに無くてはならない前立腺だが、年を取ると(子作りが終わると)時限爆弾になってしまう。


 哺乳類でヒトの男子だけが子作りが終わっても性欲をもち続ける訳は、男性ホルモンのテストステロン高値が続くからです。女性には更年期があって、それを境に女性ホルモンが減ってきます。なのに男性のテストステロンは高いままで、性欲が衰えることがありません。こんなこと喜んでばかりは居られませんよ・・・前立腺癌マーカーPSA値がじわりじわりと上昇しているのです(図を参照)。




 PSAの上昇は癌の発生・成長とともに激しくなりますが、テストステロンを遮断(去勢)すると治まります。これはホルモン療法と呼ばれる極めて効果的な治療法ですが、厄介な問題を抱えています。治療を続けているうちに薬が効かなくなる、つまり薬物耐性が生じることです。そうなるとPSAは再び上昇しはじめて、癌の増殖と転移のリスクが高まるのです。


●ホルモン療法が無効になると抗癌薬の出番になるが、治療効果より傷害作用が上回って、かつ転移が起こると打つ手がなくなる。


 そこで考えられるのは、「抗癌薬の作用を強める工夫」で、ホルモン療法を併用したり、放射線を照射したり、良いと言われる食事療法を試行錯誤したりするのです。患者にとっては不安のどん底にいるような毎日が続いてしまいます。そういう状況で、製薬会社が注目しているのは新薬創出で、実際に候補薬があるのは救いです。筆者が興味をもっているのは、疫学研究が示した


「コーヒーは前立腺癌の悪化を遅らせる」に注目した実験です。


●動物実験で、カフェストールとカウェオールの同時投与(併用)が前立腺癌の増殖・転移を抑制する(詳しくは → こちら


 この2つのジテルペンはコーヒーオイルに含まれています。深く焙煎するとオイルとともに豆の表面に浸み出してきますが、ドリップ式で抽出すれば滓と一緒に除かれるので、飲むことはありません。もし飲んでしまうと?ヒト試験によれば血中コレステロール値が急上昇し、2週間で正常値を超えることがあります。疫学研究では、心臓死のリスクが高まります(詳しくは → こちら)。


 そんな2つのジテルペンですが、以前から抗癌作用も知られていました。今回、金沢大学のグループがヒト前立腺癌を移植して作った実験マウスを使って、主なコーヒー成分を単独で、または2つを組み合わせて投与して、その後の経過を観察して薬効を比較したのです。実験の検査項目が多彩で結果は複雑なので、論文の図を日本語にして概説します。




【図の説明】前立腺癌に効果を示した成分はカフェストール(Caf)とカウェオール(Kah)の2つで、この2つを併用したときだけ効果が現れました。この図は大きく分けて左、中、右に分かれています。中は男性ホルモン作用を遮断する効果、右は癌細胞の増殖を抑制する効果、そして左は癌の転移を抑制する効果です。中→右→左の順に説明しましょう。


中:前立腺癌の成長速度は男性ホルモンの量に比例しています。直接量を減らす薬はないので、男性ホルモン受容体(青の楕円)をブロックしてホルモン作用を抑える薬が使われます。CafとKahもそれと似た作用を示して男性ホルモンをブロックします。ここでブロックを免れた受容体は、男性ホルモンと結合して核へ移動(黄の楕円)しますが、CafとKahがその移動を阻止して、結果として男性ホルモンが癌の増殖を促す作用を打ち消します。また、男性ホルモンとは無関係に、CafとKahはケモカイン(CCL2またはCCL5)とケモカイン受容体(CCR2またはCCR5)の産生を抑制することで、癌細胞が血管を通って他所に転移し難くしています。


右:CafとKahは、複雑な細胞内情報伝達回路を経て作用を発揮します。癌細胞が免疫細胞に食べられて死ぬのではなく、自分自身で死を選んで消滅するアポトーシス現象が優先するようになり、増殖が止まり、転移がなくなります。


左:CafとKahは、右側とは全く別の情報伝達回路の遺伝子にも作用して、その働きを抑えます。すると、上皮-間葉転換(正常細胞が癌化する最初の変化)が抑えられます。そしてこの絵では、癌の骨への転移が起こらなくなるのです。


 以上は論文に書かれている内容ですが、まだ動物実験の話です。CafとKahの併用が本当にヒトの前立腺癌に有効かどうかを確かめるには臨床試験が必要ですし、もう1つ大きな問題を抱えています。


●癌を抑えても心臓病になっては困る。


 場合によっては既存の抗癌薬との併用も視野に入れて、心臓病リスクを上げずに癌に作用するCaf+Kahの使い方を見つける必要がありそうです。


(第369話 完)


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