シリーズ『くすりになったコーヒー』


 前世紀後半、「コーヒーのような焼け焦げは癌のもと」だと言われました。真っ黒けのコーヒーなんぞは、いくら人気があっても販売中止にすべきとの意見もありました。白黒はっきりさせる疫学観察研究に関心が高まったのです。その結果は?


●コーヒーが原因で癌になることはない。


 それどころか「コーヒーが発癌を予防する」という驚くべき調査結果が出てきたのです。では、コーヒーが癌を予防するその訳は何なのでしょうか?頷ける根拠が出はじめました。


●コーヒーに含まれている「親電子性物質」の量は、毎日飲んでも発癌するほどではなく、逆に発癌を予防するような物質が多く含まれている。


 さて第109話に、誰もが細胞のなかにもっているタンパク質Nrf2のことを書きました。活性酸素の「酸化ストレス」を取り除いてくれる体内物質です。でもそれだけではありません。Nrf2は発癌性の「親電子性物質」を無毒化してくれるのです。今世界中でそういう研究が真っ盛りです(図を参照)。



 慶応義塾薬学部の田村悦臣教授の最新論文もその1つです(詳しくは → こちら )。


コーヒーには乳癌抵抗性タンパク質(BCRP)を増やして発癌を予防する成分があるというのです。今その正体を探っている最中だそうですから、次に出る論文が楽しみです。


●環境に存在している親電子性物質は、体内の「電子密度の高いところ」を狙って攻撃してくる。


「電子密度の高いところ」とは、言い換えればタンパク質や脂質のことです。人間の身体はよくできていて、タンパク質や脂質を守るために、それより高い電子密度の「美味しいデコイ」、つまり「おとり」を用意しています。これも進化の賜物です。


 活性酸素や親電子性物質はまずデコイを狙って攻めてきます(図を参照)。するとデコイに装備されているNrf2が、まるでミサイルのように細胞核に向けて発射されます。コーヒーを飲んでいると、ミサイルの性能が向上するというのです。


 では、細胞核のなかでは何が起こるのでしょうか? それこそ遺伝子発現です。図に書いたような酸化ストレスを解消する遺伝子、発癌性物質を無毒化する遺伝子、そういう遺伝子を発現させて、親電子性物質や活性酸素を排除しているのです。Nrf2のように、刺激に応じて遺伝子に働きかけるタンパク質のことを、専門用語で「転写因子」と呼んでいます。


●コーヒーは、転写因子Nrf2を活性化して癌を予防する成分を含んでいる。


 Nrf2を刺激する物質は、コーヒー以外にも野菜や果物に含まれています。最初に見つかったのはブロッコリーのスルフォラファンでした。製薬会社は天然のものより強い効き目の新薬を目指しています。ここにも「医食同源」があるのです。


(第117話 完)


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どちらも同じことを言っています。
言い伝えに耳を貸せば、間違った生活習慣を見直したり、病気を予防する食べものに気を配ったり、儲け本位の怪しい健康食品をボイコットしたり、本当に役立つサプリメントを選んだり、身体にあった大衆薬を買って飲んだり、医者にかかるタイミングを間違えないようになるのです。
 日々店頭に立つ薬剤師には「患者説明の豊富なヒント」、製薬会社のMRには「社会学的くすりのエビデンス」、アカデミアの研究者には「目から鱗の研究テーマ」、そして一般消費者には「確かな情報」を提供します。NHKスペシャルで大反響のレスベラトロールなど、ほんの一部に過ぎません。