シリーズ『くすりになったコーヒー』


 コーヒーの化学成分を調べるには分析化学が必要です。分析化学を使いこなせば、もっとよく効くコーヒーの成分比がわかるはずです。そうすれば、焙煎法や抽出法も工夫されて、コーヒーが医療に貢献するという夢の実現につながります。


 分析化学の基本は、人の身体や食べものといった複雑な混合物から、目的の物質だけを検出したり、分離することです。分析という日本語は「分けて調べる」ことなので、物質を細かく細かく分けて、数え切れないほど沢山の分子にまでバラして調べます。過去200年の分析化学の進歩は、そういう地味な努力の積み重ねでした。


●新技術「プロファイリング」とは、物質を分析せずに分析する技術である。


 細かく細かく分けるという面倒な工程を省略して、人体でも食べものでも、なんでも丸ごと調べてしまうという、まったく新しい技術が生まれました。コーヒーの研究にも応用できる、そんな最先端のNMR(核磁気共鳴)プロファイリングについてご案内しましょう。


 先ずは図1の、コーヒー抽出液のNMRスペクトルを見てください。



 これは、強力な電磁石のなかで撮ったNMRスペクトルです(注:病院で撮るMRIは人体丸ごとのNMR画像です)。シグナルの1本1本が、コーヒー成分のどれかに対応しています。スペクトルを拡大すれば、もっと多くのシグナルが見えてきます。


●どんなコーヒーのスペクトルもよく似ているので、コーヒーごとの効き目の特徴を見分けることはほとんどできない。ましてや、美味しいコーヒーと美味しくないコーヒーの違いなどは絶対に見分けられない。


 そこで考え出されたのが「NMRプロファイリング」の新技術です。つくば市にある産総研の根本直さんが私に教えてくれました。根本さんは日本におけるこの道の先駆者です。


 この方法の威力を確かめるために、美味しいアラビカ種の豆と、大量生産目的で産地を広げたロブスタ種の豆を比べることにしました。アラビカ種の豆の購入は簡単でしたが、ロブスタ種の方は意外と大変で、3種類しか手に入りませんでした。


 それでも兎に角、用意した豆のNMRスペクトルを測定して、根本さんのソフトウエアでプロファイリングしてもらいました。結果は図2の通りです。



 美味しいアラビカ種と美味しくないロブスタ種は、散布図の上でまったく異なる島を作っているのです。一体この差は何なのでしょうか?答えは、「全体のバランス」としか言いようがありません。


●美味しいコーヒーに何か特別な美味しいものが入っているわけではない。美味しさを生む数学的なバランスがある。


 NMRプロファイリングは、コンピューターが成分バランスを計算して、散布図という地図で示してくれるのです。その結果、美味しいコーヒーだけが住んでいる、美味しい島ができるのです。


根本さんは、更なる不思議なプロファイリングと奮闘中です。


(第112話 完)


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「1日30種類の食材を食べていれば病気にならない」…昔からの言い伝え
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どちらも同じことを言っています。
言い伝えに耳を貸せば、間違った生活習慣を見直したり、病気を予防する食べものに気を配ったり、儲け本位の怪しい健康食品をボイコットしたり、本当に役立つサプリメントを選んだり、身体にあった大衆薬を買って飲んだり、医者にかかるタイミングを間違えないようになるのです。
日々店頭に立つ薬剤師には「患者説明の豊富なヒント」、製薬会社のMRには「社会学的くすりのエビデンス」、アカデミアの研究者には「目から鱗の研究テーマ」、そして一般消費者には「確かな情報」を提供します。NHKスペシャルで大反響のレスベラトロールなど、ほんの一部に過ぎません。