シリーズ『くすりになったコーヒー』


 ピロカテコールは昔から知られた簡単な物質ですが、生理・薬理学はほとんど解っていません。ましてやコーヒーに含まれているピロカテコールが、人の役に立つかもしれないなどと考えた人は一人も居ませんでした。




●焙煎したコーヒー豆に含まれているピロカテコールは、ラットの実験白内障を予防する(詳しくは → こちら)。


 以前から、慶応義塾大薬学部の田村教授のグループは、コーヒー豆を焙煎すればするほど白内障予防効果が強まることを観察していました。寄与成分を見つける実験を重ねた結果、遂にそれがとてつもなく小さくて簡単な化合物だとわかったのです。ピロカテコールは小さな分子ですが、「ベンゼン核に2つの水酸基が並んでいる」という、抗酸化性の基本構造をちゃんと持っているのです。


●ピロカテコールは焙煎中にクロロゲン酸からできてくる(詳しくは → こちら)。




 この実験では、クロロゲン酸の結晶に200℃以上の熱をかけて、できた複雑な混合物を分析して、ピロカテコールを見つけました。ピロとは熱の意味で、何かに熱をかけるとできる化合物という意味です。ピロカテコールと似たような小分子(図の左側)がいくつもできることもわかりましたが、ピロカテコールの抗酸化性には及びませんでした。


 図の右側は、加熱温度を高めると抗酸化力が強まることを示しています。この現象は、田村教授の実験で、焙煎を深めると白内障予防効果が強くなったことと一致しています。まとめると、「深煎りコーヒーに含まれているピロカテコールがラットの実験白内障を予防する」となるのです。


 さて、田村教授はさらに研究を重ねて新たな論文を書きました。


●ピロカテコールはヒト由来神経線維芽細胞のアミロイド・ベータ(老人斑)産生を抑制した(詳しくは → こちら)。


 これまでにいくつかの疫学研究で、コーヒー習慣がアルツハイマー病を予防するとのデータが出ています。田村教授の実験は試験管内ではありますが、アルツハイマー病の原因と言われているアミロイド・ベータの蓄積を予防するということなので、疫学データと矛盾していません。コーヒーの作用は抗酸化作用だけとは言い切れませんが、もしかするとピロカテコールには産生酵素を抑制する作用が同時にあるのかも知れません。興味あるデータだと思われます。


 最後に、コーヒーは多成分系の飲み物で、アルツハイマー病に関しても、ピロカテコールの他に複数の寄与成分が報告されています。カフェイン、クロロゲン酸、フェルラ酸、トリゴネリン、N-メチルピリジニウムなどです。恐らくこれらの複合作用がアルツハイマー病の、少なくとも発症年齢を遅らせているのではないでしょうか。筆者にはそう思えるのです。


(第364話 完)


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