シリーズ『くすりになったコーヒー』
子供の頃、裸足で歩いて蟻に咬まれるとヒリヒリ痛むので、蟻の蟻酸は人にも毒だと思われています。おまけに、メタノールを飲んで目が見えなくなるのは、ギ酸になるからだという言い伝えもあって、蟻酸は毒だと信じられているのです。本当でしょうか。
●蟻酸を皮膚につけると激痛を感じる → 本当
●蟻酸を吸い込むとむせって呼吸困難になる → 本当
●蟻酸を飲むと失明する → 不明
「蟻酸を飲むと失明する」というのは、文字通り蟻酸を飲むというわけではありません。何かと言いますと、「メタノールを飲んだとき」に視力低下が起こり、失明もあるという事実からの連想なのです。
飲んだメタノールは、身体のなかでホルマリンになり、次に蟻酸になり、最後に水と炭酸ガスになって消滅します。途中で蟻酸ができるので、これが変じて「蟻酸を飲むと失明する」になってしまったと思われます。
水で薄めた蟻酸や、アルカリで中和した蟻酸にはほとんど毒性はありません。「ない」と言いきってもよいくらいです(詳しくは → こちら )
蟻酸の塩(蟻酸カリウムと蟻酸カルシウム)は家畜飼料のカビを防ぐため、防黴剤として使われています。これが家畜を介して人の体内に入るとの疑いで厳密に調べられました。結果は、発癌も中毒も何も起こらないというものでした。
では、蟻酸を直接飲んだらどうなるか?
●蟻酸の濃厚溶液は、口に近づけただけでむせ返ってとても飲む気にならない。
というわけで、まず安心です。
●蟻酸の希薄溶液は、口に入れると鋭い酸味を感じるが飲める。
というわけですが、そういうことが実際にあるのでしょうか?
●中煎りの焙煎コーヒーには蟻酸が入っているので酸っぱい。
そうなのです。コーヒーには、特にモカ豆の浅煎り〜中煎りにはたっぷりと蟻酸が入っているのですぐわかります。コーヒー1杯当たり最大20ミリグラムが入っています。これをラットの半数致死量(LD50=2,560ミリグラム/キログラム)と比べてみますと、ざっと1万分の1位に当たるので、まったく問題ないと言ってよいのです。
来年の夏ももし猛暑ならば、酸っぱい蟻酸入りコーヒーをアイスで飲むと、本当に美味しいですよ。
●アイスコーヒーは苦いばかりが能ではありません。
(第80話 完)