シリーズ『くすりになったコーヒー』
筆者は最近発刊された単行本「コーヒーの医学」に、分担執筆者として加わりました。疫学調査結果に注目し、コーヒーが病気予防に効くことを、一般向けにまとめた本です。ですから当然のことながら、調査データが少なかったり、多くても結果がまちまちな病気は省いてあります。結果としてあまり面白くなくなりました。
●ダイエット用の「コーヒー浣腸」も“怪しい”ので削除
“怪しい”とはどういうことかと言いますと、何故効くのか根拠が示されていないからです。それもそのはずで、そもそも「コーヒー浣腸」はダイエット用ではなく、大腸癌を治すための苦渋の選択だったのです。
50年も前のこと、実証データがほとんどないまま、ニューヨークの医師Dr.ギアソンが仮説に基づいて本を書きました。
【Dr.ギアソンの間違った仮説】大腸癌は、腸内発酵でできた発癌物質の量が、肝臓の解毒機能を超えたときに起こる。大腸に大量のコーヒー液を注入すると、カフェインが効率よく吸収されて肝臓に達し胆管を拡張する。すると、発癌物質が胆汁と一緒に腸内に排出され、さらに体外に排泄されて、無毒化される。
【治療の実際】コーヒー浣腸を2時間おきに1日数回繰り返して実施する。
これは実証なしの仮説に過ぎないのですが、有効な治療法がなかった時代に、当時としてはもっともらしいDr.ギアソンの説明に、「藁をも掴む思いの患者」が治療を受けたのではないでしょうか。なかにはいい加減なクリニックで腸に傷ができて感染し、それが原因で死亡した例も公表されています(詳しくは → こちら )。
Dr.ギアソンの理論をまともに信じる医者はもういません。大腸がんの治療にコーヒー浣腸が効くという証拠も出てきません。しかし、コーヒー浣腸は目的を変えて宣伝され続けています。ダイエットと美容のために、コーヒー浣腸がよいというのです。これに対して、米国癌学会はホームページに学会としての見解を発表しました。
●米国癌学会の見解(詳しくは → こちら )。
要点をまとめますと、一般に売られている浣腸器具は安全とは言い切れない、電解質異常などの弊害が出る危険性がある、腸管壁に穴があいた例もあるし、痙攣を起こすこともある、消化管に病気のある人は避けるべきだし、心臓病や腎不全の人も避けるべき・・・などとなっています。重度の便秘でコーヒー浣腸以外に手がないと思ったら、近くの医療機関に相談するのが最善です。
米国癌学会は、健康な人にコーヒー浣腸をやるなとは言っていません。日本でも個人が自分の責任で浣腸器具を使うことをはっきり禁じているわけでもありません。しかし、通販で購入した家庭用浣腸器具などに過誤の保証制度はありません。それでも実行する場合は、自己責任ということです。
●浣腸は医療行為なので、医療機関以外で行うのは原則禁止です。
浣腸などしなくても、コーヒーを飲むと通じがよくなる人がいます。ただしその効果は、市販の緩下剤に比べればずっと弱いものです。コーヒーの効き目の本体はピリジニウム塩の1種で、ムスカリン第3受容体刺激物質であることは間違いのない事実です。
こういうことはわかっていますけれど、だから「コーヒーは下剤か?」と聞かれれば、答えは「No!」。コーヒーには+と−の効果があるので、1つの成分が+でも、全体としては±0のことだってあるのです。
(第66話 完)