シリーズ『くすりになったコーヒー』


 深く煎ったコーヒーには、ニコチン酸(ビタミンB3)が入っています。


●コーヒーの香りはビタミンB3と同じ効き目(詳しくは →こちら )。


 これは筆者の現役最後の実験です。ネズミにコーヒーの香りを飲ませると、あっという間に血中遊離脂肪酸が下がるのです。やや遅れて血中トリグリセリドも下がります。こんなこと滅多にないことです(詳しくは →こちら )。


 コーヒー! 人の心を魅了するこの不思議な飲み物は、心以外の身体の部分で凄い作用を出すのです。そんなこと誰も考えていませんでしたから、高脂血症治療薬アシピモックスは、コーヒーの香りとは無関係に、ニコチン酸をモデルにして開発されました(当時のファルマシア社、後にファイザー社に吸収合併)。終わってみるとその構造は、コーヒーの香りDMPとそっくりだったのです。


 コーヒーの香りをいくら嗅いでも血中脂肪は下がりません。嗅ぐのではなくて飲まなければ効きません。何故かというと、コーヒーの香りを飲んで、吸収して、肝臓で代謝して、はじめて効果が出るからです。こんなカラクリが隠れているので、誰も想像できなかったのです。


●アシピモックスが開発された理由・・・「副作用のないニコチン酸を作りたい」。


 ニコチン酸は世界でたった1つしかない「善玉コレステロール(HDL)を高める貴重なくすり」。しかし使い方が未熟だと、リバウンド現象が起こって、逆に状態を悪化します。そこで、ニコチン酸のリバウンドを無くせれば、素晴らしい高脂血症薬になるはずです。


●アシピモックスは確かに使いやすくなりました。


 リバウンドは完全になくなりました。ヨーロッパを中心に30ヶ国で承認され、中性脂肪を下げてHDLを高める新薬です。しかし、なぜか日本と北米では、一旦開始された臨床試験(治験)が中断されてしまったのです。


 それは1979年のことでした。アシピモックスを日本に導入するため臨床試験が行われていました。ところがそこに大型新薬「コレステロール低下薬」が割り込んできたのです。アシピモックスにとって不幸だったのは、どちらの試験も同じ高脂血症患者を相手にしていたことです。そのため臨床現場で患者の取り合いが起こりました。


●アシピモックスの臨床試験は已む無く中止


 軍配はコレステロール低下薬に上がりました。米国でも同じことでした。日米が同時に開発したコレステロール低下薬の薬効は余りにも有名で、試験が終わる前から学会をあげて大騒ぎでした。夢の新薬とか世界のドル箱とか、もちろん開発会社の株は鰻登りで、イタリアの田舎の会社など誰も振り返る人は居なかったのです。


 お断りしておきますが、本当に製薬会社のドル箱にのし上がったコレステロール低下薬ですが、HDLコレステロールを増やすことはありません。疫学調査によれば、いくら悪玉コレステロールが下げても、善玉が上がらなければ、お賽銭をはずんでご利益が無いのと同じことです。ですからコレステロール低下薬というものは、HDLが低くては効果を期待できないくすりなのです。


 もう一度言いますが、


●コレステロールと中性脂肪を共に改善するくすりは、世界にニコチン酸とアシピモックスしかありません(原著論文は →こちら )。


 どちらも深く煎ったコーヒーに入っています(詳しくは → コーヒーの処方箋)。


(第50話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
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