シリーズ『くすりになったコーヒー』


 女性の症状に良く効く漢方薬として、川芎(せんきゅう)や当帰(とうき)が処方されます。しかし、有効成分はわかっていません。


 いまから30年ほど前のこと、中国産の川芎からテトラメチルピラチン(TMP)という化合物が見つかりました。見つけたのは中国の研究者ですが、当時の中国は情報公開が厳しく制限されていたので、詳しい中身はわかりませんでした。


●TMPは当帰からも発見されました。


 この情報をキャッチした日本の研究者が、日本産の川芎と当帰を使って調べたのですが、TMPは見つかりませんでした。そのため中国発の情報に疑いがかけられたのですが、間もなくヨーロッパの研究者によって、西アフリカ産のトウダイグサ科の植物から同じ化合物が見つかりました。今度は国際誌に論文が載ったので、中国発の情報もまんざら嘘ではないということになったのです。


●TMPはウサギの高血圧を改善しました。


 1989年の天安門事件を契機としてTMPの研究が盛んになり、多くの論文が発表されました。どの論文も、TMPが血管を拡張し、血圧を下げ、血流を促すことが示されました。中国の製薬会社はTMPにリガストラジン(ligustrazine)という名前をつけて、高血圧や心筋梗塞の新薬として販売しています。


●焙煎コーヒーにもTMPが入っています。


 コーヒーの香りにはTMPだけでなく、その他のピラジン類も数多く入っています。コーヒーは230度という高温で、真黒になるまで焙煎するので、アーモンドやピーナッツに比べてずっと多いピラジンを含んでいます。とは言ってもTMPなどのピラジン類は香りの成分なので、カフェインなどに比べれば100分の1程度の量しか入っていないのです。


●TMPは血液をサラサラにします。


 血液の流動性は食事によって変化します。この事実は昔から知られていますが、いつの時代にもあまり注目されませんでした。食べものの種類が多すぎるので、どの食べものが善玉でどれが善玉なのか区別がつかないからでした。TMPは血液の流動性を増してくれる代表的な火の香りで、明らかな善玉と言えるのです。


●血液をサラサラにする食べものの成分として、火の香りの総和が大事。


 火が生み出す香りの成分で、血液サラサラ効果を示す成分は他にも色々あります。それらの総和がどのくらいの量になるのか、今は未だ正確な測定ができているわけではありません。今言えることは、加熱して調理した食べものは、よい匂いを発するだけでなく、身体にとってよい作用を発揮するということです。


 コーヒーの香りが副交感神経を刺激して、気分を和らげて、血圧を下げてくれるのも、ピラジン類の効果かもしれません。


 その証拠に、かつてマリリン・モンローが「夜は何を着て寝るの?」と聞かれたとき、「シャネルの5番を着て寝るの」と答えたそうです。


 シャネルの5番には、ピラジン類が入っていますが、その種類と量は永遠に企業秘密だそうです。


(第48話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
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