シリーズ『くすりになったコーヒー』
コーヒーの香りの成分が2つも薬になりました。
☆中国と台湾で、テトラメチルピラジン(TMP)・・・高血圧、心筋梗塞治療薬
☆米国とナイジェリアで、5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)・・・鎌形赤血球病、貧血治療薬
この2つの香りは、コーヒー豆を焙煎するとできてくるよい香りの成分です。コーヒーを焙煎するとなぜ良い香りがするのでしょうか?
● お餅を焼くと食欲をそそるいい匂いがする。
● 肉を焼いてもいい匂いがする
● 砂糖を焦がしてもいい匂い(カラメル臭)がする。
● 豆を煎ると香ばしい香りがする。
・・・というように、食べものに高い熱をかけると、いい匂いがするのです・・・と、20世紀の初め、メイラード博士が論文に書きました。この論文は永い間無視されていましたが、やがて「メイラード反応」という名前がついて、香りの分子の研究が盛んになりました。アロマセラピーやハーブティーの香りは生のままか干した植物の香りですが、メイラードの香りはコーヒーに代表される火で焦がした香りです。
コーヒーの香りをちょっとだけ変えた成分(誘導体)も薬になりました。
☆ ピラジナミド・・・世界中どこでも使っている肺結核治療薬
メイラードの香りのなかで一番詳しく研究されたのはピラジンという種類です。シャネルの香水にもほんの少しだけ入っている強くて複雑な香りです。コーヒーを飲めばピラジンが身体に入って、ピラジン酸に変わります。結核菌に効くのはこのピラジン酸なのですが、薬としては化学合成したピラジナミド(商品名はピラマイド)が使われます(詳しくは →こちら )。
コーヒーの香りには病気に効く成分があります。残念なことに、その量は限られているのでコーヒーを飲むだけでその病気が治るというものではありませんが、病気の予防にはなっているかもしれません。
焙煎するとできてくるメイラードの香りには、300種類とも500種類とも言われるほどたくさんの香りが混ざっています(詳しくは → こちら )。
なかでも量が多いのは、カラメルの香り5−HMFです。次に多いのがピラジンで、これには10種類以上が知られています。その中でテトラメチルピラジンが高血圧の薬になり、合成薬のピラジナミドが肺結核の薬になっているのです。
コーヒーの香りのもう1つの特徴は、なんとマウスやラットの性フェロモンということです。ネズミはオスとメスの性の交信にコーヒーのピラジンの香りを使っています。コーヒーの香り以外にもよく似た構造のピラジンがあって、アリの仲間のフェロモンとして有名です(詳しくは → こちら )。
言葉を話さない動物や昆虫の中に、コーヒーの香りを使って交信している生き物がいるなんて、焙煎したコーヒーは単なる飲み物の域を超えた不思議な存在と言えるのです。
では次回からコーヒーの香りの各論です。
(第47話 完)