シリーズ『くすりになったコーヒー』


第40話 カフェイン(その4) 子育てコントロール


 今日は「リアノジン受容体」という、生命科学の専門家でもあまり耳にしないお話です。


●カフェインは『リアノジン受容体のアゴニスト(刺激物質)』なので、飲めば全身の細胞にカルシウムが満ちてくる。


 そうです。全身です。骨だけでなく、骨以外の細胞でもカルシウムは大事な役割を果たします。どのくらい大事かというと、「百聞は一見に如かず」ですから、まず2007年にNature誌に載ったマウスの画像(下図)をご覧ください(詳しくは → こちら)。



 まず図aでは、生まれて間もない3匹の赤ちゃんマウスを1匹ずつ、母親の居ないケージの3隅に置きました。そこへ母マウスを入れるとどうなるか・・・図bでは、驚いた母マウスは急いで赤ちゃんを一ヶ所に寄せ集め、おっぱいを飲ませ始めたのです。これはごく普通の母マウスの子育て姿です。


 母マウスは子育ての方法を本能で知っています。しかし、その本能を発揮できるか否かは、脳神経細胞のカルシウムを調節できるか否かにかかっています。調節には、細胞のなかにあるカルシウム弁(リアノジン受容体)を開けたり閉めたりしなければなりません。


 弁を開けるには鍵が必要です。図cの母マウスは普通のマウスなので、ちゃんと鍵をもっています。だから赤ちゃんが歩き回るようになっても、必ず一ヶ所に集めて育てようとするのです。


ところが、図dの母マウスはちがいます。鍵をもてないように遺伝子操作を受けているのです。すると母親は、赤ちゃんが歩き回っても集めようとしないのです。結果として、赤ちゃんの授乳時間が減り、育ちが悪くなりますし、運が悪ければ死んでしまいます。


 脳神経細胞のカルシウム濃度は、動物の行動を支配しています。本能的な行動に限らず、学習で得た行動も同じです。今日紹介した実験は、そういうことを初めて証明した実験として注目に値します。当然、製薬会社も注目し、「頭の良くなる薬」の開発に着手しました。 


驚いたことに、きっかけはカフェインだったのです。


●カフェインはリアノジン受容体の合鍵となって、細胞にカルシュウムを補給する(詳しくは → こちら)。


 カフェインは元々身体に備わっている鍵に代わって、要するに合鍵になって、カルシウム弁を開くのです。カフェインを飲んで、合鍵が働くと、飲んだ人が自覚したり、または簡単なテストで判定できる精神神経の変化を見ることができます。


□1□ 認知力 自分は誰か、何処にいるか、何をすべきか・・・などを知る能力の向上


□2□ 記憶力 人の名前や、食べたものを憶えていられる・・・などの能力の向上


□3□ 学習力 調べたり勉強したことを覚えたり応用できる・・・などの能力の向上


□4□ 判断力 善悪の区別、正義感、優しさ、思いやり・・・などの性向の向上


 脳で発揮されるカフェインパワーはまだ十分解明されてはいませんが、うまく利用することは今からでも可能です。カフェインは、それを飲む人だけでなく、社会にとっても役立っているのかもしれません。毎日欠かさずコーヒーを飲んで、世の中に貢献してみては如何でしょうか?


【追記】


1.授乳中の母親がコーヒーを飲むことは、余り良くないとされているが、根拠には欠けている。「赤ちゃんにカフェインはよくない」とも言われるが、これも根拠は曖昧で、むしろ、カフェインは新生児無呼吸症の治療に使われている(詳しくは → こちら)。


2.カフェインを飲むと運動能力が亢進するのは、筋肉でリアノジン受容体が開くから。


3.カフェインで目が覚めたり、トイレに行きたくなる作用は、リアノジン受容体とは無関係です。


(第40話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
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