シリーズ『くすりになったコーヒー』


 子供は苦い味や辛い味が大嫌いです(例えば → こちら)。


 そのくせ大人になるとゴーヤや唐辛子に興味をもち、特に暑い夏には「夏バテ防止」で人気が高まります。何故かと言いますと、


●苦味と辛味は、どちらも食欲を刺激する。


●苦味と辛味は、抗酸化作用/自律神経調節作用で、ストレスに効く。


 今日は苦味について書くことにします。


 大昔の人々にとって、家の周りに生えている苦味の強い薬草は貴重品で、古い格言も残っています。


【格言1】「良薬は口に苦し」(出典を知りたければ → こちら


 薬の歴史を見ると、弱った胃の調子を戻すには「苦味健胃薬」、煎じて飲む漢方薬は苦い上に臭い、合成新薬なら、苦味を砂糖でコーティングしたり、カプセル詰めにしてしまう。苦いコーヒーも昔は胃の薬でした(詳しくは → こちら)。


 どうして薬草は苦いのでしょうか? その上、人は何故苦いものに興味を示すのでしょうか? 一説によりますと、進化の途中で海から陸へ上がった哺乳類が、初めて食べる草木の毒を見分けるため・・・だったのです。


 人がありとあらゆるものを食べられるようになったのは、多少は身体によくないものでも解毒できるからで、それを武器に食物連鎖の頂点に立つことができたのです。それでも食べたら死んでしまう毒があります。そういう毒の味は、ほとんどの場合『苦い』。


【格言2】「薬は両刃の剣」(出典不明)・・・苦い味はくすりにもなるが毒にもなる。


苦い味は時として猛毒なので、それを見分けるため陸上動物の苦味センサーは高度に発達しています。


●苦味は薄めても消えにくい(詳しくは → こちら の図表1を参照 )。


 砂糖や塩の味は、1000倍に薄めると消えてしまいます。コーヒーに含まれているカフェインの苦味も1000倍で消えてしまいます。人間の普通の味覚は1000倍希釈で感じなくなり、そういうものは概ね毒ではありません。


 1000倍を超えて薄めてもまだ苦いものは、往々にして毒です。ほとんどの薬は苦味をもつ毒なので、飲み過ぎれば中毒(過量による副作用)になります。アルカロイドと呼ばれる植物成分の苦味は特に強く、神経毒や肝臓毒になり、上手に使えば癌のくすりにもなりますが、間違えれば死ぬこともある猛毒です。


●1000倍以上に薄めても苦味を感じる安全な化合物は「毒の誤飲防止」に役立ちます。


 砂糖をアセチル化すると、強力な苦味に変わります(詳しくは → こちら)。


●ギネスブックに載っている世界一苦い化合物は、デナトニウムベンゾエートで、コーヒーの苦味に似た構造の四級塩基です。


 デナトニウムベンゾエートは1000倍の1000倍の1000倍に薄めても、それでもまだ苦い・・・カフェインの100万倍も苦いのに、不思議なことに毒ではありません(半数致死量LD50を知りたければ → こちら)。


 こんな具合に、人の味覚は『苦味』に対して超敏感にできていて、子供はそれを本能的に拒否するのです。ところが大人になると、『苦味』に対する本能が『怖いものねだり』の好奇心をそそるようになり、一度味わって“苦いな〜”と感じたイタリアンコーヒーを、また飲んでみたくなるのです。


●コーヒーにまつわる永遠の謎は、「コーヒーはカラダに良いか悪いか・・・?」


 コーヒーが中毒(癖)になるのは、カフェインのせいではありません(詳しくは → カフェインもうドーピングなどとはいわせない)。カフェインよりずっと苦い成分があるから


 で、その苦味が、進化の途中で生まれた危険回避本能に直接作用しているからです。


 さて来週は夏休みを頂くことに致します。


(第31話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
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