シリーズ『くすりになったコーヒー』


 夜中に虫歯が疼いても、コンビニに行けば第2分類のくすりがあります。薬剤師がいなくても「くすり登録販売者」さえ居てくれれば、丹平製薬の「コンジスイQ」を買えるのです(新薬事法 )。


 明治時代に発売された「今治水」は、今では「コンジスイQ」というカタカナ名に変りましたが、根強い大衆薬として売られています(添付文書 )。姉妹薬「新今治水」や「コンジスイとんぷく」とは中身が違うので気をつけましょう。


 さて、今から200年も前のこと、かの有名な華岡青洲は毒草・朝鮮朝顔(写真)の麻酔作用を利用して、世界初の乳癌手術に挑戦しました。やがて明治時代になると、きず薬と痛み止めの開発が薬事行政の要になりました。そういう時代に今治水の成分オイゲノール(下図参照)が注目されたのです。


 古い記録によると、オイゲノールを最初に使ったのは紀元前の漢王朝で、原料は中国南部に自生するクスノキ科の常緑樹シナモンでした(写真)。樹皮を加工した生薬シナモンは口臭の臭い消しとして、皇帝接見の際には必需品だったそうです。今なら“オヤジの匂い消し”になるでしょうか?日本に沢山ある大木クスノキにもオイゲノールがありますが、クスノキの主成分は箪笥の虫よけ樟脳です。


 シナモンが自生しにくい熱帯では、トウダイグサ科のクローブが使われました。日本にはその蕾がチョウジ(丁字 → 写真)として輸入されていますが、大航海時代には香料消費大国ヨーロッパに運ばれて、王家の財政を潤しました。ヨーロッパの植民地アフリカにも種が持ち込まれて栽培され、黒人の間では鎌形赤血球病(第1話参照)の痛み止めになり、今も伝統薬として使われています。


シナモンやクローブのオイゲノールは実に様々な病気に使われてきました。その記録を見てみると、


●日本では・・・・・・芳香健胃、食欲増進、胃痛・腹痛・歯痛止め


●中国では・・・・・・消化不良、下痢、ヘルニア、白癬


●インドでは・・・・・呼吸困難、消化不良


●ドイツでは・・・・・痛風の痛み止め


●アメリカでは・・・・歯の痛み止めチューインガム、吐き気止め


●インドネシアでは・・覚醒・興奮薬


●全部まとめると・・・香料、整腸薬、鎮痛薬といったところが効き筋です。


 オイゲノールの構造式を見てみると、前回書いた正露丸とそっくりです。コーヒーのフェルラ酸ともよく似ています。そう言えば正露丸も歯の痛み止めに使うことがあるようです。ただし、連用すると副作用の心配があるので避けるようにということです。フェルラ酸にも、最近になって鎮痛作用の報告が出ています(詳しくは → こちら )。 


 前回の正露丸と今回の今冶水からわかることは、効き目と関係する化学構造はどう見ても黒で書いた部分なのです。これはグアヤコールという構造ですが、もう1つ超有名化合物として、高価な香料バニラがあります。バニラの主成分はバニリンで、バニラアイスにはなくてはならない成分ですから、誰もがその香りを知っています 


 では虫歯のときにバニラアイスを食べたら痛みを我慢できるかと言うと、無理!


●冷やしたり温めると、痛みの域値が下がるので逆効果なのだ。


 それなら濃い目のバニラエッセンスを常温で使えば効果が出るかと言いますと、それでは財布の紐がもちません。高級バニラは値が張ってくすりにならなかったというわけです。今なら安い合成品があるので、いい薬ができるかも知れませんよ!


(第25話 完)



栄養成分研究家 岡希太郎による
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