シリーズ『くすりになったコーヒー』


 第1話に鎌型赤血球貧血とHMFの話を書いたら、「コーヒーは貧血に悪いのでは?」との質問をいただきました。そこで調べてみたら、お茶やコーヒーのタンニンという成分が鉄剤の吸収を妨げて貧血を悪くする・・・というような記事やコメントが沢山あることに気づきました。でもこれは鉄欠乏性貧血のことで、鎌型赤血球病の場合ではありません。


 昔、鉄欠乏性貧血の人は鉄剤をお茶で飲まないように言われました。20年ぐらい前までの病院や薬局では「お茶で飲んではいけない」と患者さんを指導していました。でもそれは間違っていたのです。というよりも実験データのない言い伝え話だったのです。


 不思議に思った病院薬剤師の方がきちんと実験してみたら、何と、鉄剤をお茶で飲んでも鉄は正常に吸収されていました。今では鉄剤の添付文書から「お茶」の文字が消えつつあります。コーヒーについても同じです。


http://www.nichiiko.co.jp/medicine/qa02.html


 では、薬ではなく食事からとる鉄の場合はどうでしょうか。貧血の原因を調べてみると、肉や魚介類より野菜を多く食べる人に貧血が多いようです。ただしその差は大きくはありません。野菜にもそれなりに鉄が入っているからです。


http://www.wellba.com/wellness/food/contents/99101/fe.html


 コーヒーやお茶を多く飲む人に貧血が多いという話も確かではありません。証拠となる研究論文もほとんどないので、どうやら「タンニンを多くとると貧血になる」という話には根拠がないようです。


 でも、日本赤十字社の調査によると、女性の10人に1人が「鉄欠乏性貧血」で、鉄が不足気味です。若い女性では生理の前後にもきちんと食事を取るように指導されますし、普段から鉄吸収を改善するビタミンCを多めにとることも大事なことです。


http://health.goo.ne.jp/medical/search/10N10100.html


 とは言え生理の頃は痛みもあって気分がすぐれず食事どころではないと言われるかもしれません。生理だからというほかは原因がはっきりせず、お医者さんからも「自律神経失調だから仕方がない」などと言われてしまいます。


 生理が重い人は出血で失った血清鉄の回復に時間がかかります。食欲がなければ回復が遅れ、処方薬の鉄剤に頼るようになってしまいます。生理にともなう自律神経失調が原因なら、副交感神経を刺激して食欲を回復させることはできないものでしょうか。


 残念ながら特効薬はありません。でも嬉しいことにコーヒーにはかなり強い副交感神経刺激作用があります。京都大学の森谷先生はメタボリックシンドロームの関係でコーヒーの副交感神経刺激を研究しました。副交感神経を刺激するコーヒーの効果は魅力的です。ただし森先生は胃の働きや食欲については観察しませんでした。


http://morichan.jinkan.kyoto-u.ac.jp/general/coffee.pdf#search


 ここで、イスラム世界の古い記録を見てみると、コーヒーが胃の薬だったことには驚きです。江戸時代に日本にコーヒーがやって来たとき、「胃の働きをよくする漢方薬(平(へい)胃散(いさん)や茯苓飲(ぶくりょういん))と一緒にコーヒーを飲むともっとよく効く」と長崎見聞録に書き残されているほどです。副交感神経を刺激すると胃腸の働きが回復して、栄養素をよく吸収するようになり、かつ血管の緊張がほぐれて血のめぐりがよくなります。そして酸素と栄養が身体の隅々に運ばれると食欲も改善してくるのです。


 病院の血液検査で「血清鉄は正常なのに貧血の症状がある」と言われた人ではどうでしょうか。疲れやすい、肩がこる、身体が冷える等などの症状にもコーヒーは効くでしょうか? 更年期の不定愁訴にはどうでしょうか?


朝起きたときに飲む一杯のコーヒーが身体を温めて元気を呼んでくれることは多くの人が経験しています。これは明らかに、夜と昼の境目で起こる自律神経系のバランス異常をコーヒーが癒してくれるからで、森谷先生のPDFに書かれているとおりです。


 コーヒーには副交感神経を刺激する成分が入っています。詳しいお話は次回以降になりますが、ここでは鎌型赤血球病を治療するHMFにも血液の流れを改善する効果があることを書いておきます。HMFは日常の食品からもその気になれば十分とることができるので、特効薬のなかった鎌型赤血球病以外に薬にしようという製薬会社はありません。ですが健康食品としては非常に有望だと思われます。


http://www.nfri.affrc.go.jp/patent/pdf/k-279.pdf#search


 HMFを食品から効率よく摂取するには、よく煮込んだり、高熱で調理した料理を食べることです。中国の研究者が中医薬(≒漢方薬)をよく煮込むとHMFが増えることを発表しています。2000年の歴史を持った中医薬にもまだ研究の余地が残っているのです。


http://www.zju.edu.cn/jzus/2007/B0706/B070608.htm


 血の道の薬膳は高温でよく煮込むことに秘訣がありそうです。もう1つの秘訣は、酢酸やクエン酸などの食用酢を少し加えて熱をかけることです。そして私の場合は、食後に一杯のコーヒーを飲むのです。


http://jstore.jst.go.jp/image/patent/PDFpub/18/3/18358jpa_2008193933_0000.pdf


 中華グルメのコックさん、一度お試しあれ!


(第3話 完)


栄養成分研究家 岡希太郎による
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