シリーズ『くすりになったコーヒー』


 サイレント・ディジーズ(SD)とは、症状のない病気のこと。医学用語としては100年前からありますが、病気の種類は時代を映しているようです。例えば、本態性高血圧は最初からSDですが、近年は歯周病が注目されています。


 今世紀になって、SDを老化と関連づける論文が出てきました。最初の例は2003年の骨粗鬆症(詳しくは → こちら )。続いて初期がん、軽度腎臓病、物忘れ程度の認知症などがSDと見做されました。そしてついに、老化そのものをSDとするような記事まで現われました(詳しくは → こちら )。


 しかし、老化をSDと見做すことには反論が多くあります。骨粗鬆症もアルツハイマー病も老化関連疾患(age-related disease)ではありますが、老化そのものではありません。年を取っても健康に暮らしている「健康な老化(healthy aging)」がある限り、老化は病気とは言えないというのです。そして、「老化を病気と見たがる人達にはお金(経済効果)が着き纏う」とも揶揄されるようです。


 昔から文明発祥の地には必ずと言ってよいほど「不老長寿の妙薬」がありました。勿論効き目は二の次で、「何だか体に良さそうなもの」と思えるもののことでした。そしてそういうものは「くすり」とか「Medicine」と呼ばれたのです。中には毒も含まれていて、「くすりは両刃の剣」と伝承されました。


●ああそれなのにそれなのに・・・ついにNature誌が「不老長寿薬」の論文を載せた(詳しくは → こちら )。


 論文によれば、世界各地で不老長寿薬の臨床試験が進行中だというのです。切っ掛けは今世紀のはじめ「老化関連疾患を予防して寿命を延ばす長寿遺伝子」が発見されたことです。更に追い打ちを掛けたのが赤ワインのレスベラトロールでした。「赤ワインを飲むと長寿遺伝子が活性化する」・・・これが長寿遺伝子研究ブームの引き金になったのです。


 赤ワインと長寿遺伝子の組合せは象徴的な出来事でしたが、実はそれ以外にも不老長寿の候補化合物が色々見つかってきたのです。Nature誌の論文に解説してあるので、内容を表にまとめてみます。



 この表の1~7は、不老長寿薬の作用標的を示しています。5~7の標的には未だ候補化合物はありませんが、1~4で候補化合物の臨床試験が進行中です。まず1と2は長寿遺伝子と直接には関係しない糖尿病薬のメトホルミンや免疫抑制薬のラパマイシン、更には胡椒のピペリンと多彩です。


 3は有名な赤ワインですが、臨床試験結果が出る前に既にサプリメントとしてかなりの売り上げになっているそうです(お金が付き纏う所以です)。そして4は、今最も期待されている本命候補のNADです。


●ミトコンドリアでエネルギーを生み出す補酵素NADは長寿遺伝子Sirt1を活性化する。


 とはいえ、NADそのものをいくら食べても注射しても、細胞の中へは届きません。そこで、NADに代えて体内でNADに変わる前駆体が注目されています。では図2をご覧ください。手書きの赤丸で囲ったのがその候補前駆体1~3です(詳しくは → こちら )。



 1~3の中で不老長寿薬として最も熱心に研究されているのはNMNです(詳しくは → こちら )。米国ワシントン大学の今井教授は、NMNを投与したネズミの体内でNADが増えることを確かめて、Nature関連誌に発表しました。その成果を昨年と今年の2度に渡って日本でプレスリリースしたのです。メディアが直ぐに反応して、朝日新聞その他が「不老長寿薬」として記事にしました。現在、NMNをサプリメントとして開発している食品メーカーは、三菱商事ライフサイエンス社、新興和薬品、日清製粉グループなど色々です。


 一方2と3は良く知られているビタミンB3(ニコチナミドとニコチン酸)です。2はビタミン剤として市販されていますし、既に研究は終わっているかのようですが、実は違います。研究された作用は次の2つに限られていて、長寿遺伝子との関連はごく最近まで不明でした。


●2と3はNADになって糖質と脂質をエネルギーに変える作用をもつ。1日必要量は15ミリグラム程度。


●最近になって、2が長寿遺伝子を不活性化することが確認された。


●3を1回に100ミリグラム以上を投与すると、血中中性脂肪が低下して、善玉コレステロールHDLが増える。しかし前世紀に行われた高脂血症患者の臨床試験で、投与中に顔面紅潮などが起こり、投与を止めると逆効果で高脂血症を悪化させた。


 以上の状況を考慮すると、1のNMNの実用化は時間の問題と思われます。反面2のニコチナミドは「長寿遺伝子を阻害するという理由」で使用に制限が掛かるかも知れません。そして残った3のニコチン酸が、老化関連疾患の予防と寿命延長の健康食品として、脚光を浴びると、筆者はほぼ確信しています。


(第391話 完)


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