シリーズ『くすりになったコーヒー』


 以前に、コーヒーに含まれているビタミンB3のニコチン酸が、抗癌剤の効き目を強めたり、癌転移を抑制する可能性について書きました。今回、卵巣癌患者の研究で、正常細胞のNAD再利用が不完全になって細胞生存が危うくなることに加えて、癌細胞にも変化が起こって、転移・増殖が進行することが確認されました。順に説明します(詳しくは → こちら )。


 先ずは図のAをご覧になって、細胞がミトコンドリアのNADを再利用するサルベージ回路を思い出してください(第374話を参照)。一旦使われたNADが分解してできるニコチン酸アミド(図のNAM)は、本来は再利用されるのですが、癌細胞ではNAM-N-メチル基転移酵素(NNMT)が余分にあるため、多くのNAMがN-メチル化されて尿中に排泄されてしまうというのです。その結果、NAD再利用の効率が低下して、正常細胞はNAD欠乏状態になって生存が危うくなります。


 ではNAMのメチル化に使われるメチル基(-CH3)は何処から来るでしょうか。これについては古くから知られていて、アミノ酸の1つSAMから提供されています。そしてメチル化反応が進むとSAMはメチル基を失ってSAHに変わり、自身は減って行くのです。



 では図のBとCをご覧ください。卵巣の癌組織に隣接している間質細胞のNNMT濃度を測って、患者を濃度が高い群と低い群に分けて、治療後の生存日数を比べてグラフに描きました。NNMTが高い群で生存日数が短くなっています。この群ではNAMのメチル化が早く進んで尿中に排泄されているのです。結果としてNAMの再利用ができなくなって、NAD欠乏状態になってしまいます。


 図のCは間質細胞と癌細胞の関係です。NNMT濃度が高い卵巣癌患者の間質細胞ではSAMが欠乏し、その結果、メチル化によって発現が抑制されている遺伝子でも、場合によって発現し易くなっているのです。結果として、癌を悪性化する種々のタンパク質が合成されて、それが隣にある癌細胞の増殖と転移を早めているというのです。これによってNNMTが高い群の低い生存率を説明できることになります。まとめると、


●NNMTによる卵巣癌患者のNADリサイクル障害と、間質細胞が癌増殖因子を多く作ることで、癌の増悪と転移が早くなる。


 それでは最後に、過去の論文の中から、コーヒーのポリフェノールであるカフェ酸がDNAのメチル化を抑制して、発癌を予防するという説を紹介します(詳しくは → こちら )。図の最下段をご覧ください。今回の論文の化学変化とよく似た反応が書いてあります。


●遺伝子DNAの1つシトシンが、メチル基転移酵素DNMTとSAMの作用でメチル化されると、遺伝子に傷がついて、それが原因になって、細胞が癌化するなどの変化が起こる。


 この変化は、「SAMを横取りすれば抑制できる」という仮説の下に、横取りの方法を探索したのです。


●コーヒーのカフェ酸が、メチル基転移酵素COMTの下で、SAMのメチル基を横取りし、自身はフェルラ酸になって、SAMを消費する。


 こうしてSAMがなくなると、DNAのメチル化は起こらなくなって、遺伝子が傷つくことがなくなります。つまり「コーヒーのポリフェノールが遺伝子の傷を防ぐ」ことになるのです。


●卵巣癌患者がクロロゲン酸を多く含む浅煎りコーヒーを飲むと、体内でできるカフェ酸がSAMを消費して、NAMのメチル化が遅くなり、NADリサイクルが正常化するし、間質細胞も悪性化しなくなる。


 これはまだ仮説の段階ですが、最後に傍証証拠を指摘しておきます。実はコーヒーの臓器発癌予防効果は、卵巣よりも肝臓の方でずっと強く観察されています。


●コーヒーの発癌予防効果が最も強く現れる臓器は肝臓である。何故なら肝臓には他の臓器よりも多いCOMTがあるからである。




 実際に疫学データ(上図)によれば、毎日コーヒーを飲む習慣によって肝臓の発癌リスクは50%以下に低下するのです。


(第392話 完)


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