シリーズ『くすりになったコーヒー』


 現代人の過激なダイエットやアルコールの飲み過ぎはビタミンB3欠乏症になり、NAD合成が不十分となり、エネルギー産生が低下する結果、種々の病気になります。前世紀の半ば、「NADをサプリとして飲めば元気が出る」との考えで、研究者自らが飲んだのですが、全く吸収されずに無効でした。そこで「前駆体を飲めば効くはず」と考えを変えて再挑戦が始まって、既に何十年も経過したのですが、結果は一向に出てきません。


 図1は、候補になっている前駆体一覧です。この中で、本命だったニコチン酸については、ビタミンとして「NADを増やす」ではなくて、大量(ビタミン用量の10-100倍)を投与して「血中脂質を減らす高脂血症薬」の候補になったのです。そのため数多くの臨床試験が実施されました。スタチン薬が出て来るよりずっと前の話ですが、効果はてきめん・・・LDLが下がってHDLが上がるという理想的な脂質代謝改善作用はスタチンでは不可能な効能でした。しかし、ニコチン酸は高脂血症薬になりませんでした。



 大量投与したニコチン酸の最大の欠点は「血中遊離脂肪酸のリバウンド」と「顕著なラッシュ(顔面紅潮)」でした。しかしニコチン酸にとっての不幸はそれだけではありませんでした。その後に始まった「NADを増やす候補化合物」としても、すべての論文に「ニコチン酸は副作用が出るので使用できない」と書かれてしまったのです。高用量臨床試験での副作用が、低用量の試験にも当てはまるとの、いわば風評のような濡れ衣を着せられているのです。


 ではその他の候補を見てみましょう。先ずはニコチン酸と並ぶVB3のニコチナミド(NAM)があります。しかし残念なことに、NAMには避けられない重大な欠点が見つかったのです。想定外の欠点とは、NAMが「長寿遺伝子産物のタンパク質Sirt1を阻害する」ことが明らかになったのです(詳しくは → こちら )。これでは何のためにサプリを飲むのか、その目的と逆の結果になってしまいます。


 NAMに代わって登場したのがニコチナミドリボシド(NR)です。この候補は次に出てきたNMN研究者によると「有用ではない」とされているのですが、未だ臨床試験が進行中で、見捨てられたわけではありません。そして現在最も注目されている候補はニコチナミドモノヌクレオチド(NMN)です。既に米国には市販品があって、情報によりますと1カプセルが数千円もの高値だそうです。


 では表1に、候補化合物で観察された実験室レベルの成果をまとめてみましょう(詳しくは → こちら )。



 実験は病気の種類で分けてあります(目標の欄)。「脳の老化」とは、神経変性疾患とは別の、いわゆる年を取れば誰もが経験する「物忘れ、人や場所の名前が出てこない」と言った症状のことで、基本的に健康な人を模した加齢ネズミでの実験です。以下、ADはアルツハイマー病、PDはパーキンソン病、ALSは筋委縮性側索硬化症、最後にHDはハンチントン病の略称です。


●候補化合物はどれもNADを増やす。


 実験材料はネズミ、原虫、ヒトの細胞などまちまちですが、NADの増加の他に、それぞれの病気の病理学を一応反映していると考えられる結果が出ています。

 では表2をご覧ください。ここにはヒトを対象にした臨床試験をまとめました(詳しくは → こちら )。すると、


●「有効」の結果が得られたのは、健康な人の「加齢による呆け」だけで、ADでは、軽度認知障害(MCI)の患者でも、無効かまたは試験進行中。



 このように、脳神経障害の予防または治療に期待されているとはいえ、NADを介して薬理作用を発現させる狙いは、まだ成功には程遠い状況です。前途は予測できませんが、良い結果が出ることを期待したいものです。最後に繰り返しますが、


●「候補薬にニコチン酸がない」ことに大きな違和感を感じざるを得ません。

(第394話 完)


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