シリーズ『くすりになったコーヒー』


 つい1ヶ月前のこと、中国でアルツハイマー病治療薬GV-971(オリゴマンネート)が承認されました。今回の措置は暫定的で、更なる安全性試験などが課されていますが、先ずは歓迎したいニュースです。



 GV-971はオリゴマンノース(またはマンノオリゴ糖)の直鎖状分子で、六単糖マンノースが最大9個つながって、その末端にジカルボン酸残基をつけて特許性を持たせたと思われます。この分子デザインができた経緯を想像してみました。マンノースといえばマンナン、マンナンといえば蒟蒻(コンニャク)です。その蒟蒻を芋のまま手を加えずに干して粉にしたものは、水を含んで膨潤しますが、少しの量を食べれば腸内菌に消化され、宿主のヒトの免疫系にも影響します(詳しくは → こちら )。


 以前から解っていたこと、例えば、マンノオリゴ糖に限らず、一般にオリゴ糖には認知機能を改善する作用があること(詳しくは → こちら )、腸内菌叢と認知症の間に強い因果関係が観察されること(詳しくは →こちら )、イランで実施されたプロバイオティクスの臨床試験で効果が見られたこと(詳しくは → こちら )、などをベースにした試行錯誤でGV-971に辿り着いたと想像できます。


 図2をご覧ください。これはGV-971が認知機能、特にアルツハイマー病(AD)を改善するメカニズムを解説したものです(詳しくは → こちら )。ADにおける腸内細菌の係わりについて、分子機構が明確にされた例はありませんでした。「腸内菌の何らかの産物が脳神経の慢性炎症を緩和して神経細胞死を抑えている」と想像するだけでした。それがこの論文で初めて具体的な説明が示されたということです。



 実験にはADを発症したモデルマウスを使いました。これにGV-971を含む餌を与えていると腸内菌叢に変化が現れ、マウス体内にアミノ酸(フェニルアラニンとイソロイシン)の蓄積が見られるようになりました。すると、血中のリンパ球にも変化が起こり、炎症誘発性のTh1細胞の増殖が起こったのです。しかもそのTh1細胞は脳に侵入してマクロファージ様のM1ミクログリア細胞を活性化することもわかりました。これが脳の神経細胞に炎症を誘発して、やがて認知機能障害に至るのです。このとき以前からADの原因と言われてきたアミロイドベータタンパク質(Aβ)や、脳の塵と呼ばれるタウタンパク質を増やすことも観察されました。


 さて、ヒトの場合はどうでしょうか。調べてみたらマウスとそっくりでした。つまり、ADの軽度認知障害(MCI)の患者では、血中のフェニルアラニンとイソロイシンの濃度上昇とTh1細胞の増加が同時に観察されました。


●GV-971投与は、腸内細菌叢に変化をもたらし、2つのアミノ酸の蓄積を抑え、認知機能障害を改善した。


 論文の著者は最後に、ADと腸内菌の関係を強調しつつ「腸内菌叢を改善することが新たなAD治療に結びつく」と書いています。


●コーヒー滓からマンノオリゴ糖が得られる(詳しくは → こちら )。


 今年、韓国の研究者がスターバックス店から供与されたコーヒー滓から、脱リグニンと脱脂を経てオリゴ糖を調製し、主成分がマンノオリゴ糖であると確認しました。更に、水に可溶性のオリゴ糖は焙煎したコーヒー抽出液にも含まれていて、主成分はマンノオリゴ糖で、腸内菌によって消化されことが解りました(詳しくは → こちら )。しかも、そこでできた代謝物は酪酸で、免疫系を介して過敏性腸疾患と大腸癌を予防することが解っています(第286話 → こちら )。しかし疫学研究では、


●毎日コーヒーを飲んでいてもAD発症リスクとは無関係(詳しくは → こちら )。


 かつてはコーヒーを飲んでいるとADになりにくいとの論文も見かけましたが、最近のメタ解析によれば、どうやらコーヒーでADを予防することは難しいようです。ただし、どんなコーヒーを飲めば予防できるのかできないのか、疫学研究では分別調査できないのが現実です。そこでこれからは、ニコチン酸、酪酸、今回のマンノオリゴ糖にも注目しながら新たな情報を待ちたいと思います。

(第396話 完)

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