シリーズ『くすりになったコーヒー』
●マウスの実験で、コーヒーを飲むとオートファジーが起きた(詳しくは → こちら )。
論文によれば、マウスにコーヒーを飲ませて4時間後に解剖すると、肝臓、筋肉、および心臓の細胞にオートファジーが認められました(委細は省略)。
オートファジーとは、古くなった細胞にゴミのように溜まった古いタンパク質や壊れたミトコンドリアなどを、細胞が自己消化(自食)すること。ゴミは原料のアミノ酸に戻ります。細胞はそのアミノ酸を再利用して新しいタンパク質を作ります。オートファジーとは、栄養素のリサイクルのことですが、老化した細胞が若返る生命の泉でもあるのです。数年前、東工大・大隅博士のノーベル賞で有名になりました。
●東大・水島研究室のホームページを覗いてみた(詳しくは → こちら )。
図1をご覧ください。オートファジーのメカニズムがわかり易く描いてあります。
水島先生はオートファジーを2つに分けています。1つは、健康な人の普通の生活で自然に起こっているオートファジー。細胞内のタンパク質は常に入れ替わって、新鮮さを保ちます。マウスを、オートファジーを起こさないように遺伝子操作すると、神経細胞にゴミが溜まって神経変性疾患、アルツハイマー病などに罹ってしまいます。
もう1つは、飢餓で起こるオートファジーで、栄養不足を回避するための戦略です。「食事を制限すると健康長寿」の原理にもなっています。マウスをたった1晩絶食させるだけで、全身に激しいオートファジーが起こります。宗教上の断食には文字通り「身も心も甦る効果」があるのです。
さて、コーヒーの話に戻ります。コーヒーの成分にオートファジーを誘導するものがあるでしょうか?調べてみますと「カフェインは皮膚細胞にオートファジーを起こす」との論文がありました(詳しくは → こちら)。
次にトリゴネリンが幹細胞のオートファジーを誘導して脂肪肝を予防します(図2)(詳しくは → こちら )。更に、コーヒーのポリフェノールであるクロロゲン酸は、過剰の副腎皮質ホルモンによる神経細胞死を、オートファジーで防ぎます(詳しくは → こちら )。更に更に、クロロゲン酸からできるフェルラ酸は、高血糖が原因のラットの腎機能障害を、オートファジーで改善しました(詳しくは → こちら )。
以上をまとめますと、コーヒー生豆の主な3つの成分、カフェイン、クロロゲン酸、トリゴネリンのどれもが実験動物の肝細胞、腎細胞、神経細胞にオートファジーを誘導することが解っています。ですからコーヒーを飲むとオートファジーが起こることを薬理学で説明できるようになったのです。
●ミトコンドリアのオートファジーをミトファジーと呼ぶ。
パラサイトであるミトコンドリアは、オートファジー挙動も特別で、固有のメカニズムで再生されています。ミトコンドリアはエネルギーを生み出す、いわば細胞の発電所で、その見返りに活性酸素ができるのです。ですからミトコンドリアのDNAは、細胞核のDNAよりずっと早く傷ついて老化してしまいます。これを修復するにはオーバーホールしかありませんが、それがミトファジーというわけです。
●アルツハイマー病(AD)患者の脳神経細胞ではミトファジーが起こらない(詳しくは → こちら )。
ミトファジーは年齢と共に起こり難くなります。そうなると不完全なミトコンドリアが増えてしまいます。その結果として老化関連疾患が起こると考えられています。この論文ではADの病理学を分子レベルで調べました。そこで解ったことは、「ADの脳に見らえる老人斑(アミロイドβタンパク質)や糸くずのようなタウタンパク質が、ミトファジーによって減る」ことでした。
ADでミトファジーが起こりにくい原因は、ミトコンドリアの補酵素NADが減るためとも考えられています(詳しくは → こちら )。この論文では、試験管実験ではありますが、細胞にNADを補給することでミトファジーが起こり易くなる、つまりNADの補給が細胞若返りに繋がることを解説しています。もしこれがヒトにも当てはまるなら、NAD補給が「老化関連疾患の予防と長寿」に繋がるというのです。図3にミトファジーの不活化が原因となる老化関連疾患をまとめました。NAD補給によって治療の可能性があるのです。赤字はコーヒー習慣がリスクを下げる疾患です(論文省略)。
しかし、現実は簡単ではありません。補酵素NADは肉や野菜に含まれているのですが、食べても吸収されないのです。ではNADの補給なしにミトファジーでもオートファジーでも起こすことはできないでしょうか?実は今回発見された「コーヒーを飲むこと」以外にも昔から簡単な方法があったのです。
●食事制限すると、直ぐにオートファジーが起こってミトコンドリアが再生する(詳しくは → こちら )。
健康なヒトが食事を制限すると、間もなくオートファジーが起こって、老化した細胞が再生して、身体の恒常性が保たれます。このときミトコンドリアはオートファジーに必要なエネルギーを供給し、オートファジーは古くなったミトコンドリアを再生します(図4を参照)。もしどちらか一方が不完全だと、細胞に活性酸素の酸化ストレスが充満して、炎症が起こります。そうなると色々と病気が起こり、老化が進むと考えられているのです。
●食事制限に似たオートファジー誘導薬がある(詳しくは → こちら )。
食事制限の替わりに、飲むだけでオートファジーを誘導したり老化関連疾患を予防して寿命を延ばす薬物の存在がわかってきました(表1)。
これらの薬物が一体どうやって見つかったかといえば、切っ掛けは今世紀初頭の「赤ワインからレスベラトロールの発見」でした。昔からフランス人の不思議として「世界一ワイン好きなフランス人に心臓死が少ない」という、フレンチパラドックスと言われる話がありました。「赤ワインのレスベラトロールがその謎を解明した」と言って、レスベラトロールの人気が急上昇したのです。それを切っ掛けに、同じような作用を示す物質探しが始まって、表1のような結果になったのです。
表1の中で、効き目が最も確かで、副作用が少ないものはどれかというと、間違いなく赤字で書いたNAD前駆体です。食事制限から始まる最初の段階に介入するからです。しかしNAD前駆体と言っても何種類もありますから、的を絞るのは簡単ではありません。詳細はこのブログの第394話を参照してください。筆者が注目した事実は、ほぼすべての論文でビタミンとしての前駆体であるニコチン酸が排除されていることでした。理由は大量投与時の「副作用」とのことでした。しかし遂に昨年の暮れになって「ニコチン酸を有望視する論文」が発表されたのです。
●NAD前駆体の1つである少量のニコチン酸(NA)の効き目が調べられた(詳しくは → こちら )。
NAがビタミンに指定された70年前には、寿命延長や長寿遺伝子の実験はありません。この論文では、線虫を培養する実験で、NAの寿命延長効果が調べられました。NAが線虫の体内でNADに変わって、ミトコンドリアが活性化され、表1のように寿命の延長が起こったのです。
実験に用いたNAは、培地中の濃度を600ナノモルにしたとき、最大の寿命延長効果が見られました(図左)。次に、NADを加えて培養すると、同じ程度の寿命の延長が起こりました(図右)。つまりNAは線虫の体内でNADになって作用を発現したのです。ここでこの論文の優れている点は、NAとNADを両方とも加えた実験を行ったことです。その結果、
●NADが十分に存在すると、NAの更なる効果は発現しない。
論文の著者によると、この結果をヒトに置き換ると、何らかの理由でNADが不足したときだけ、NAの効果が現われます。何らかの理由とは、食事制限によるカロリー不足、加齢によるNAD合成の減少、病気によるミトファジーの減速などのことです。このうち誰もが経験するのは、年を取って起こるNADの低下と、それが原因となる気力と体力の衰え、いわゆるフレイルに陥ったときです。
●コーヒーを飲めばNAを補給できる(詳しくは → こちら )。
深煎りコーヒー1杯には5ミリグラム近いNAが含まれています。この論文では、健康な被験者1名がコーヒーを飲んで、その後36時間の時間尿を採取しました。飲んだコーヒーには4.28ミリグラムのNAが含まれていましたが、尿中にはその他に3つの代謝物もありました。図6はそれらの尿中濃度―時間曲線です。
コーヒーを飲むとNAは速やかに吸収され、尿中排泄は半日でほぼ終了しました。計算の結果、4つの化合物を合計すると、飲んだニコチン酸のほぼ90%が吸収されたことになります。この実験の被験者は健康人なので、体内のNAD量は足りているため、新たにNAが消費されることはなかったようです。今までのところ、NAD不足の被験者の実験はありません。
【まとめ】
NAを多く含み、毎日飲んでも飽きないコーヒーはまたとないNA供給源です。他に有意な量のNAを含んでいるのはキノコとピーナッツ程度ですが、コーヒーのような習慣性は期待できません。ごく最近になって多くの総説論文が、NAD合成を標的にして加齢関連疾患を克服し、健康な長寿を手にする新薬の可能性を論じています(詳しくは → こちら )。
筆者が思うのは「コーヒーははじめから薬ですから、NADを作るにもコーヒーでいいではないか!」ということです。
●花咲け!希太郎ブレンド‼(第397話を参照して下さい)
(第399話 完)
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