シリーズ『くすりになったコーヒー』


 はい、それは種類と量によって変わります。

 NYT記者 Dawn MacKeen著/岡 希太郎訳


●訳者まえがき


 ニューヨークタイムズ紙のコーヒー記事を翻訳して紹介します。一昔前なら、医者が患者にコーヒーを勧めるなどあり得ないことでした。ところが数年前から「患者にとって適度なコーヒーは良いもの」との論文が医学誌に載るようになりました。こうした専門家の動きを察してか、ニューヨークタイムズ紙が「コーヒーと健康」を、種類と量によるとしながら、前向きに解説しています。日本人も大好きな世界の飲み物コーヒーを、海外の人たちはどう見ているのか、日本語に訳してみることにしました。


●はじめに


 祖父母が使っていた食器棚にはフォルジャーズ製クラシックローストの空き缶が幾つもあって、今では私たち夫婦のオート麦のミルク・ラテ、水出しコーヒーとフラペチーノが入れてあります。世の中には、飲み物を実用的な日常品と見る人もいますし、伝統的な作法で楽しむ人もいます。国内で4番目の人気飲料であるコーヒーは、私たちの文化に染み込んでいます。適切な量を飲めば気分を改善できますし、多過ぎれば不安を感じたり神経が高ぶることもあるのです。



●私にとってコーヒーは良いものだろうか?


 はい、その通りです。適度に飲むコーヒーはほとんどの人にとって良いものですが、適度とは1日に3~5杯、または最大400mgのカフェインまでとする話です。


 国立がん研究所の飲料研究家エリッカ・ロフトフィールドによれば、「コーヒーは死亡率の低下と関連しているというデータはかなり一貫している」とのことです。長い間、コーヒーは発がん物質だと考えられていましたが、2015年の食事ガイドライン改定で激変しました。適度なコーヒーは健康な食事の一部として認められたのです。研究で得た素データを、コーヒーを多く飲む人が同時に喫煙者でもある(あった)という生活習慣に着目して調整すると、コーヒーは発がん性でないことが明確になったのです。


 2017年の英国医学会誌(BMJ)に、コーヒーと人の健康に関する大規模な総説論文が掲載されました。ほとんどの場合、コーヒーは害ではなく利益をもたらすとのことです。以前に発表された200編以上の原著論文に基づいて、総説論文の著者は「ほどほどにコーヒーを飲む人には心血管病が少なく、心筋梗塞や脳卒中を含む全死亡リスクが、飲まない人に比べてずっと低い」との結論に至ったのです(訳者注:図の棒グラフは国立がん研究センター発表の日本人データで、各国とほぼ同じ数値です)。



 さらに専門家によると、コーヒーの最も強力な予防効果は、2型糖尿病、パーキンソン病、肝硬変、肝臓がん、慢性肝疾患などだということです。例えば30編もの論文が、1日に5杯のコーヒーを飲むと、2型糖尿病に罹るリスクが30%減少すると書いています(訳者注:日本人女性では50%以下、男性では80%まで低下する)。



 栄養学年報(Ann Rev Nutr)にアンブレラ解析論文を書いたジュゼッペ・グロッソ博士(イタリア・カターニア大学の人間栄養学助教授)は、コーヒーの有効性は抗酸化性を有する植物成分ポリフェノールによる可能性が高いと述べています(訳者注:クロロゲン酸類を指している)。


 しかし、コーヒーは万人向けの飲み物ではありません。 飲み過ぎに懸念があるからです。特に、無事に出産を期待する妊婦にとって、妊娠中に摂るカフェインの安全性には不明点が多いのです。コーヒーの健康への影響に関する研究は目下進行中ですが、ほとんどの研究が疫学的な観察研究に留まっています(訳者注:最も信頼できる研究法は、臨床試験のような介入試験とされています)。


「(疫学研究は)コーヒーが健康に利点をもたらす要因であると確定したわけではありません」とエジンバラ大学教授で、前記した英国医学雑誌(BMJ)に論文を書いたジョナサン・ファローフィールドは述べています。「コーヒーを飲む人がもっているコーヒー以外の要因または行動に起因する可能性が否定できないからです。」


●コーヒーの淹れ方は重要ですか?


 はい。深煎りと浅煎りのどちらが好きですか? 粗く挽きますか、それとも細かく? アラビカ、それともロブスタの豆ですか?


「これらの項目はどれも味に影響しますが、抽出される化学成分にも影響します」と、国立がん研究所の上級研究員ニール・フリードマン氏は述べています。「しかし、これらさまざまなレベルの化合物が健康にどう影響するのか、まだよく解っていません」。


 例えば、焙煎はクロロゲン酸の量を減らしますが、別の抗酸化化合物が新たにできてきます(訳者注:クロロゲン酸からピロカテコール、トリゴネリンからN-メチルピリジニウム塩ができる)。エスプレッソはドリップコーヒーよりも水分が少ないので、成分濃度が最も高いという特徴があります。


 米国の有名医学誌JAMAに発表された論文によれば、英国の約50万人のコーヒー習慣を調査して、カップ1杯か、それともチェーンドリンク8匙か、レギュラーかデカフェか、カフェイン代謝速度が速い人か遅い人か、これらはどれも関係ないことがわかりました。コーヒーは死因によらない全死亡リスクの低下と関連していますが、インスタントコーヒーと死亡リスクの因果関係は弱いものでした。


 コーヒーを淹れる方法がコレステロール値に影響を与える可能性があります。ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部の予防医学助教授でJAMA論文の共著者でもあるマリリン・C・コルネリスが述べていることは、「飲んではいけないとわかっているコーヒーは煮出しコーヒーです」。


 例として、フレンチ・プレス、スカンジナビア・コーヒー、ギリシャ・コーヒー、トルコ・コーヒーなど、主に中東地域で普通に淹れるコーヒーがあります。カップに注いだとき、コーヒー滓がスラッジのように底に沈んで、飲み終わった後で、占い師がスラッジを水晶玉に見立てて飲んだ人の将来を予言するという伝統が残っています。


 しかし、煮出したコーヒーに混ざってくるオイルには、ジステルペンと呼ばれる2つの化合物、カフェストールとカウェオールが含まれています。この2つは悪玉コレステロールLDL値を上昇させ、善玉であるHDL値をわずかながら低下させることが知られています。



「コーヒーをろ過して飲めば何も問題ありません」と話すのは、シンガポール国立大学ソースウィーホック公衆衛生学部教授ロブ・ファン・ダムです(訳者注:コーヒーと2型糖尿病リスクの関係を最初に発表したオランダ出身の疫学研究者)。「コレステロールの問題を抱えている人は、コーヒーの淹れ方を工夫するとよいでしょう」。ファン・ダムは20年前からコーヒーを研究し、その間に実に多くのコーヒーを飲んだそうです。


 しかし、今すぐに煮出しコーヒーを止める必要はないと言う研究者もいます。このようなわずかなコレステロールの増加は、心血管病死の増加と関連しないと考えられるので、止めることには疑問の余地があると言うのです(訳者注:煮出しコーヒーだけでなく、ドリップ式のコーヒーでも、1日5杯を超えると心血管病死のリスク曲線が上向きに変わります。棒グラフを参照)。


 多くの消費者がコーヒーポッドを色々工夫しています。使い捨てのポッドには環境汚染の懸念がありますが、研究者たちはドリップコーヒーと同じ健康効果があると考えています。使い捨てのポッドはコールドブリュー(水出し)でも使えますが、利点についてはさらなる研究が必要です。


●どんなコーヒーにも同じ量のカフェインが含まれていますか?


 いいえ、そうではありません。エスプレッソは最高濃度のカフェインを含み、約70ミリグラムを1オンスのショットに詰めてありますが、飲む量はもっと僅かです。比較すると、通常の12オンスのドリップコーヒーには200ミリグラムのカフェインが含まれていて、インスタントの140を超えています。また、デカフェコーヒーにも8ミリグラムのカフェインが含まれていますし、それ以上の商品もあります。


 コーヒーを買うとき、カフェインの量のことを考えて買う人はほとんどいません。フロリダのあるコーヒーハウスでは、たった6日間で、同じ16オンスの朝食ブレンドのカフェインが、259ミリグラムから564ミリグラムまで変りました。この数字はUSA政府が推奨する数値400ミリグラムを超えています。


 しかし、コーヒーのカフェイン量を知っていることが特に必要な人たちがいます。皆さんも聞いたことがあるでしょう。世の中には、普通の人なら昼間でもできないことなのに、午後10時にエスプレッソを4杯飲んでそのまま寝る人がいること、もしあなたなら夜明けまで「サインフェルド(訳者注:米国のコメディ番組)」を何回も見てしまいそうです。私たちの中には他の人と違う遺伝子を持っていて、カフェインの代謝排泄が普通よりずっと遅くなっている遺伝子多型の人がいるのです。こういう人たちにグロッソ博士が助言することは、コーヒーの杯数を減らすことです。「遺伝子多型をもっている人は、1日の最初のコーヒーを飲んだ後、2杯目、3杯目を飲むときにも、最初のカフェインがまだ残っているのです」と博士は説明しています。


 自分のカフェイン代謝が早いか遅いかを知りたければ、「23andMe(訳者注:米国の遺伝子検査会社)」などの消費者サービスを通じて調べることができます。


●コーヒーは中毒になりますか?


 その証拠として、次第にコーヒーに頼るようになって、時間が経つにつれて量が増えて行きます。止めるときの離脱症状には、頭痛、疲労、過敏症、集中困難、気分の落ち込みなどがあります。


 実際にカフェインは精神刺激薬で、コーヒーが最大の供給源です。一杯のコーヒーを飲むと約30分後にカフェインが吸収されます。血管の収縮が起こって血圧が上昇します。適度な量のカフェインは、目を覚まし、気分、活力、機敏さ、集中力、さらには運動能力を高めます。カフェインの半分を代謝排泄するのに平均4〜6時間(珈琲博士:血中半減期という)が必要です。


 食事ガイドラインによると、1日400ミリグラム以上のカフェインをがぶがぶ飲みたい人にとって、安全性を保証する十分な証拠はありません。より高い用量は、振戦(震え)、緊張、不規則な拍動などを伴うカフェイン中毒の可能性があります。またカフェインは、就眠時間、睡眠時間、目を閉じて寝ていられる睡眠の質にも関係しています。



 ジョンズ・ホプキンス大学医学部で精神医学と行動科学の助教授を勤めているメアリー・M・スウィーニーは、「カフェインは私たちの文化や日々の習慣に馴染んでいるので、潜在的な問題を引き起こす原因になるとは思われていないのです」と述べています。


 コーヒーを減らすことは、胃食道逆流症にも役立ちます。最近の研究では、コーヒー、紅茶、またはソーダなどのカフェイン入り飲料を飲む女性は、胸焼けなどの症状のリスクがわずかながら増加することがわかっています。この論文の著者は、1日2杯のコーヒーを飲料水に替えることで症状が減ると考えています。


 アメリカ産科婦人科大学で聞いてみると、現在までの研究では、妊娠中に安全に摂取できるカフェインの量はよく解っていません。カフェインは胎盤を通過するため、妊娠中の女性がコーヒーを飲むなら1日200ミリグラム以下のカフェイン量にすべきであると考えている医師もいるのです。


 非常に高用量のカフェインは致命的となることがあります。研究者たちは、カフェイン事故は粉末や錠剤のカフェインを飲んだ場合に偶発的に起こる可能性が高いと言っています。「たまたまコーヒーを飲み過ぎて救命救急病院に運ばれる人はほとんどいません」とファン・ダム博士は話しています。


●コーヒー豆はどんな豆?


 コーヒーの赤い実の中にコーヒー豆が2つあります。緑色のデュオスプーンのような形で、焙煎すると深みのある茶褐色に変わります。コーヒー豆は正しくは豆ではなく種子です。カリフォルニア大学デイビス校の植物科学教授パトリック・ブラウンは、次のように述べています。「コーヒーはサクランボと違って種子が恵みとなり、果肉は廃てられているのです」。


 茶褐色のコーヒーにはカフェインだけでなく、治療効果をもつ可能性がある千種類の化合物が溶けています。キーとなる化合物の1つはクロロゲン酸で、これはコーヒーだけでなく多くの果物や野菜に含まれているポリフェノールです。同じくコーヒーは、必須栄養素のビタミンB3、マグネシウム、カリウムの優れた供給源でもあるのです。


「人々はしばしばコーヒーをカフェイン飲料と見なしていますが、実際には非常に複雑な植物飲料なのです」とファン・ダム博士は主張しています。


 124種類もあるコーヒーノキのうち、フレーバーが利用されているのは僅かです。そして恐らくその60%が、気候変動、病気、害虫、森林伐採によって絶滅の危機にあると考えられています。カフェで、オフィスで、旅先で、私たちのカップを満たしているのは、アラビカ種とカネフォラ種(ロブスタ種と呼ばれる)の2つです。アラビカ種は専ら高価なスペシャルティー・コーヒーのカップを満たし、ロブスタ種はインスタントコーヒーやエスプレッソにより多く使われています。


 アラビカ種にまつわるすべての優れた点は、昔から引き継がれて来た極めて均質な小さな種子に基づいています。世界中にあるほぼすべてのアラビカ種コーヒーノキは、コーヒー発祥の地であるエチオピアかイエメンにあったほんの数本の木の子孫なのです。



●牛乳や砂糖を加えると効果はどうなりますか?


 医者の知らないことがあります。2015年のある研究によると、砂糖、クリーム、または牛乳を加えて飲む人とブラックで飲む人に、健康効果の差はほとんどないというのです。しかし90年代、調査対象の高齢者が食事履歴をアンケート用紙に記入するようになってから、コーヒー業界には急激な変化が起こりました。研究論文の著者で国立がん研究所のロフトフィールド博士の話では、「高齢者はたった大匙1杯のクリームまたはミルクと小匙1杯の砂糖を加えるだけなんです」。さらに続けて「現在市場に出回っている一部のコーヒー飲料とは全く異なる飲み物を飲んでいます」。


 米国農務省USDAの10月調査によると、甘いコーヒーと紅茶は成人の食事で4番目に大きい砂糖の供給源です。これにはデザート風飲料が当てはまり、ダンキンドーナツについてくる17グラムの飽和脂肪と129グラムの総糖分を含む860カロリーのクリーミーな冷凍ココナッツキャラメルコーヒードリンクも含まれています。専門家は、これらの飲み物は1杯に2カロリーしかなかった昔のブラックコーヒーとは似ても似つかないもので、保健当局が頭を悩ましていると話しています。


「不健康な脂肪と多量の糖分が入った飲み物はバランスのとれた健康飲料ではありません」と言うのは、ワシントン大学の内科学と医療サービスの臨床教授ジム・クリーガー博士です。「米国の食事ガイドラインの1日50グラムまでの砂糖に比べると、砂糖だけでも天文学的な数字です」。


 専門家は、特に10代の43パーセントが甘味づけしたコーヒーを飲んでいて、その割合は2003年の2倍になっている(市場調査会社カンターによる)と指摘しつつ、懸念が高まっていると言っています。


 カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部教授のローラ・シュミットの話では、「自分がコーヒーに何を入れるとか、食品飲料会社が何を入れているかについて、人々はもっと気を配るべきです」。「そして、消費者が健康上の理由で炭酸飲料から目をそらし始めた今、甘いコーヒーは飲料業界の一押しの商品になっているのです」。


●もっとコーヒーを減らすべきですか?


 人生の目標次第です。


 適度にコーヒーを楽しんでいるなら、医師は「そのまま続けて楽しみなさい」と言うでしょう。消化器科医のソフィー・バルゾラ博士は、もし飲み物に敏感な患者ならば、利益とリスクを慎重に比較して助言します。ニューヨーク大学医学部の臨床准教授は、コーヒーの文化的意義をよく理解して、穏かに対応するようにしています。彼女が言うことには:「コーヒーを止めろという人は残酷な人です」。


(第404話 完)


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