シリーズ『くすりになったコーヒー』


BJC British Journal of Cancer 13 Feb 2020

ジャーナル編集委員会/岡 希太郎訳


【訳者まえがき】


 前回は新聞記事の紹介でした。今回は医学ジャーナルの編集部が研究者向けに書いた論説を翻訳しました。内容を一言で言えば、「コーヒーにも色々あるから、その種類に分けて調べることが必要」ということです。訳者の読後感は、「疫学でそんなことを調べるなんて非現実的に過ぎはしませんか」ということですが、さて皆さんはどうお感じになりますか?


【BJC論説】


 疫学の前向き研究によれば、コーヒーを飲むことは一貫して肝臓の発がんリスクと逆相関している。しかし、この関係の基本にある化合物が何なのか、コーヒーの調製方法によって差があるのかないのか不明です。消化管の肝臓以外のがんとの比較もなされていません。最近Tranらは、イギリスの大規模バイオバンク登録者のデータを解析した論文で、将来の研究に必要となる重要な提案をしています。


 コーヒーは世界で最も広く飲まれている飲料の1つである上に、長い目で見ると、がん、心血管疾患、その他の慢性疾患のリスクを高めるとの懸念から、悪いと知りながら飲まずにはいられない飲み物でした。しかし、そうではないとの研究論文が増えてきました。2015年、米国食事ガイドライン諮問委員会は、1日に5杯までのコーヒーを飲むことは健康的な食事の一部であると結論づけました。さらに2016年、国際がん研究機関(IARC)は、コーヒーとがんに関する1,000編以上の疫学と基礎研究の原著論文をまとめて総説を発表しました。それによると、1日に飲むコーヒーの杯数は肝臓がんと子宮内膜がんの発症率と一貫して逆相関の関係を示し、ヒトの発がん性に関する分類では、どのグループにも分類できないという位置づけ(訳者注:発がん性でないということ)に変えたのです。この結論は、その後に発表された、コーヒーと乳がん、結腸直腸がん、子宮内膜がん、肝臓がん、前立腺がん、および皮膚がんとの逆相関の関係を示したメタ解析結果とも一致しています。


 それでも健康に及ぼすコーヒーの影響には多くの疑問が残っています。中でも重要な疑問は、コーヒーが病気と関係するメカニズムについて理解が欠けていることです。 一杯のコーヒーは数百数千の化合物の混合物であり、これらの化合物の量は、デカフェタイプ、凍結乾燥、焙煎、抽出などのさまざまなプロセスで変化しています。 一般に飲まれているコーヒーの化学組成の違いを調査したメタボロミクス研究では、特に高濃度のジケトピペラジンを含みながらクロロゲン酸が少ないインスタントコーヒーが、他のコーヒーと著しく異なっていることがわかりました。化学組成の違いがコーヒーとがんの関係にどう影響するのか、ほとんど知られていませんが、それを調査することによって、病気の要因についての手がかりが得られるかも知れません。


 この考え方に沿って、Tranらは、英国の大規模バイオバンク登録者の自己申告データを基に、コーヒー杯数と消化器がんリスクとの関連を調べています。このコホートの規模は大きいのですが、追跡期間が短いので、臓器別の発がん症例数および統計的有意差は低いものでした。しかし、他のコホート研究とは異なり、英国バイオバンク登録者の場合は、飲んでいたコーヒーが、デカフェタイプか、インスタントか、挽き置きした豆か、それら以外かを報告するのです。その結果、Tranらの研究には、以前の研究にはなかった、コーヒーの種類を分けて解析するという一歩前進が見られるのです。


 以前の研究では、コーヒーはよく見られるタイプの原発性肝がんである肝細胞がん(HCC)のリスクを下げますが、その他の肝臓がんとはほとんど無関係でした。注目したい点は、Tranらの研究では、コーヒーとHCCの逆相関はコーヒーの種類によらないということです。症例数は少ないものの、この結果はフィンランドで行われた喫煙者のATBC研究などで、煮出しコーヒーとドリップコーヒーが同じように肝臓がんリスクと逆相関を示したとの結果と一致しています。ただし、肝臓がん以外の研究では結果が異なる場合があります。例えば、同じく英国バイオバンク登録者のデータを使用したコーヒーと死亡率に関する研究では、特に心血管疾患の死亡率について、インスタントコーヒーよりも挽き置きコーヒーに強い逆相関が観察されています。


 今後、英国バイオバンク登録者のフォローアップが継続し、コホートデータが熟成するにつれて、解析データの更新が大切です。さらに、将来の研究ではコーヒーの種類と抽出法の違いを併せて評価することが求められる。この取り組みを支援するために、国立がん研究所の食事歴アンケート調査票III(DHQ III)および自動自己管理24時間受付(ASA24®)を整備して、被験者が飲んだコーヒーの種類について詳細を報告するよう求めているのです。


 バイオマーカーを使用した研究は、コーヒーとがんの研究にとって更なる利点をもたらします。バイオマーカーは、コーヒー摂取量の客観的マーカーとしても、あるいは基本にあるメカニズムの指標としても役立ちます。コーヒーを飲むことは、一貫して、糖尿病、インスリン抵抗性、炎症のバイオマーカーと逆相関しているからです。


 網羅的メタボロミクス研究では、外因性および内因性の代謝物が数十種類検出されており、これらは飲んだコーヒーに由来するだけでなく、消化器がんとも関連しています。前立腺、肺、結腸直腸および卵巣のがんスクリーニング試験の登録者集団では、メタボロミクス研究で特定されたカフェインのバイオマーカーは、結腸直腸がんの発生とも関連していました。しかし、自己申告されたコーヒー飲用歴とは無関係でした。ごく最近になって、コーヒー飲用に関連する代謝産物と肝臓がんおよび肝臓病死亡率との関係を書いた論文が国立がん研誌(J Nat Cancer Ins)に掲載されています。


 この研究によれば、コーヒーを飲む量と正の相関を示す代謝物はトリゴネリンとセロトニンで、肝臓がんや肝臓病による死亡リスクの低下と関連し、一方、コーヒーを飲む量と負の相関を示す代謝物である2つの胆汁酸は、肝臓がんと肝臓病による死亡リスクの増加と関連しています。同じジャーナルに載っている別の論文(欧州がん前向き調査コホートの論文)では、診断前の胆汁酸濃度と大腸がんリスクとの正の関連が確認されました。


 これらの観察結果は、胆汁酸が腸-肝臓系にとって重要であり、肝臓、結腸直腸、更に他の消化器疾患の発症に関与している可能性が、モデル実験で確認されました。これらのエキサイティングな研究結果は、コーヒー飲用と胃腸がんを関連づけるもっともらしいメカニズムを提供してくれるので、将来の研究に役立つはずです。コーヒーの焙煎と抽出方法が、コーヒーを飲むことと、そのコーヒーに対する身体の反応のバイオマーカーに影響を及ぼしているのですが、まだ詳細はよく解っていません。しかし、コーヒーを飲んで起こる生化学的変化が、がんに及ぼすコーヒーの役割を解明しようとする今後の研究にとって重要であることは確かなことです。


 コーヒーを飲むとがんを引き起こすとの長年の懸念にもかかわらず、集められた多くのデータが、そうではなくて幾つもの有益な結果をもたらすことが解ってきました。しかし、コーヒーががんを予防するするメカニズムは解っていません。Tranらはどんなコーヒーを淹れたらより良い効き目が得られるのか、研究を開始しています。24時間対応の自己報告制とクラウドコンピューティングを組合せて、ヒト腸内菌、遺伝子多型、更に代謝物質の網羅的解析、更に更にハイスループット分析で再現性のある生化学解析を進めることで、栄養研究のルネッサンスを期待できるとTranは述べているのです。これらの新しいアプローチを取り入れた研究は、コーヒーの健康への影響を解き明かして、根本的なメカニズムを明らかにする可能性があります。新しいポットにコーヒーを淹れて仕事に取りかかるときが来ているのです。


連絡先: Erikka Loftfield (erikka.loftfield@nih.gov). Metabolic Epidemiology Branch, Division of Cancer Epidemiology and Genetics, National Cancer Institute, USA



(第405話 完)


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