シリーズ『くすりになったコーヒー』


NATURE VOL 516, 4 DECEMBER 2014


解説委員 YAO WANG & JULIE K PFEIFFER (訳者 岡 希太郎)


【訳者まえがき】


 この記事は、2014年のNature誌に掲載された原著論文「腸内ウイルスは共生細菌の有益機能を代替できる」に対して編集委員会が寄せた解説記事です(詳しくは → こちら )。新型コロナウイルスが世界を震撼させている現在、人類とウイルスの関係を正しく理解するうえで、示唆に富んだ内容ですし、もしかすると腸内細菌を活性化するコーヒーの繊維質とも関係しているかも知れません。


【アブストラクト】


 腸内細菌の代わりに腸内ウイルスが哺乳類宿主の健康を促進できるという発見は、腸内ウイルスが状況によっては有益であることを示唆しています。P.94掲載の論文を参照


【解説】


 腸管には、細菌、古細菌、真菌、ウイルスなどの微生物が密集しています。腸内細菌は宿主の栄養を補填し、免疫細胞の発達を促し、腸の損傷を防ぐことで、宿主に利益をもたらしますが、細菌以外の微生物が同様の役割を果たしているかどうかは不明です。哺乳動物の腸内ウイルスは細菌に比べて研究不十分で、宿主にとって有害かまたは中立であると考えられています。しかしこの号の94ページに、Kernbauerらが、哺乳類の腸に細菌が存在しない場合、腸内ウイルスは腸のホメオスタシス(恒常性)を促進し、損傷や病原菌から腸を保護することを示しています。彼らの研究は、哺乳類の腸内ウイルスが場合によっては宿主に利益をもたらすことを示唆しているのです。


 腸内に生息するウイルス全体―つまり腸内ウイルス叢―には、細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ)、古細菌ウイルス、植物ウイルス、および哺乳類ウイルスが含まれます。バクテリオファージは豊富に生息して腸内に常在していますが、哺乳類ウイルスは稀に検出されるだけです。哺乳類ウイルスには、病気が治癒した後も持続するウイルス性病原体、健康な個体でしばしば検出される非病原性ウイルス、核酸配列の点で既知のウイルスとの類似性が低くて個性のないウイルスが含まれます。マウスのノロウイルス(MNV)は、マウスの腸内ウイルスによくある種類で、そのうちの幾つかの株が動物研究施設で見つかります。一般にMNVは、免疫システムが健全なマウスでは非病原性ですが、一部の免疫不全マウスでは疾患を引き起こすことがあります。Kernbauerらは、マウス腸ウイルスの3つのMNV株を使って、ウイルスが無菌マウスの腸の健康状態に影響を及ぼすか否かについて研究したのです。


 無菌マウスとは微生物学的に無菌状態のマウスです。腸内に有益な細菌がいないため、腸の形態に異常が生じ、リンパ球という免疫細胞の発達にも欠陥があります。抗生物質で処理されたマウスにも、これらの異常のいくつかが見つかります。Kernbauerらは、無菌マウスにMNVを感染させることで形態学的および免疫学的欠陥の多くを修復できることを発見しました(図1)。たとえば、絨毛(腸を覆う粘膜の突起)の厚さと抗菌化合物で満たされた腸内壁のパネス細胞の顆粒の数を復元することができました。また、CD4+およびCD8+T細胞(リンパ球の2つのクラス)の数、これらの細胞による免疫刺激分子の産生、より正常レベルの抗体、および別クラスの免疫細胞である自然リンパ球のバランスが改善されたのです。つまり、たった1種類のウイルスの存在が、無菌マウスおよび抗生物質処理を受けたマウスに起こる無菌状態での数々の欠陥を修復したのです。



 無菌マウスにおける腸の細胞数、細胞の機能および組織構造がMNV感染(投与)で回復するということは、ウイルスが微生物叢のいくつかの機能を代替できることを示しています。しかし、これらのMNVに関連する変化は、体の中心的な働きに影響しているでしょうか?たとえば、無菌マウスへのウイルス感染は、損傷や病原菌の感染があっても、宿主の病気を抑制し、宿主の生存を助けることができるのでしょうか?これをテストするために、Kernbauerらは、正常および抗生物質で処理したマウスを、腸を損傷する化学物質で処理して、MNVの存在下と非存在下での生存を観察しました。腸の損傷により、従来のマウスより抗生物質処理マウスの方が数多く死亡しましたが、MNV感染によって抗生物質治療マウスでも生存率が高まったのです。同様に、病原菌による感染は、抗生物質治療マウスがより強く損傷を受けましたが、MNV感染によって改善したのです。これらのデータは、MNV感染が機能的に微生物叢の代わりになって、実験動物の健康と生存を向上したことを示しています。


 この研究から興味深い多くの疑問が生まれました。哺乳類の腸内ウイルスは一般に宿主に有害であると考えられていますが、以前の研究のなかには条件さえ合えばウイルス感染の有益な効果が示されているのです。たとえば、ヘルペスウイルスは細菌感染を抑制することがあるし、レトロウイルスは胎盤の発達に関与しています。この研究は、哺乳類の腸内ウイルスの有益な効果を初めて示したものですが、他の腸内ウイルスは共生関係で存在している可能性がありますし、共生関係があれば、ウイルスは宿主に害を与えることなく複製可能になるのです。このようなウイルスは頻繁に生息しているのか、微生物叢の一過性のメンバーであるのか、どの哺乳動物がこれらのウイルスを保有し、どのような影響を与えるかを判断するには、さらに調査が必要です。


 もう1つ大きな疑問は、哺乳類の腸内ウイルスが「正常な」微生物叢との関連で宿主に利益をもたらすかどうかです。現在までの研究では、無菌マウスまたは抗生物質で処理したマウスを使って、MNVの有益な働きが調べられました。おそらく、微生物叢全体としての有益な効果は、ウイルス感染の有益な効果を覆い隠していると考えられます。ただし、微生物叢における単一種の細菌であるセグメント化された糸状菌(SFB)の存在は、炎症誘発性反応に影響を与えることが知られており、特定の腸内ウイルスは、正常な微生物叢をもつ健康な宿主においても同様に特異的な反応を引き起こす可能性があります。実際にKernbauerらは、3つの密接に関連するMNV株が無菌マウスでわずかに異なる応答を示すことを確認しています。


 最後に、哺乳類の腸ウイルスはプロバイオティクスとして有用でしょうか?人間の腸の炎症は、抗生物質の使用、遺伝的背景およびその他の要因によって引き起こされます。場合によっては、このような疾患は、健康なドナーからの糞便移植、または糞便に含まれている腸内細菌叢の移植によって回復することがあります。おそらく、哺乳類のある種の腸内ウイルスも病気を改善することができるでしょう。さらに、糞便移植後に観察された利点の一部は、ドナーサンプルに存在するウイルスに基づく可能性があります。腸のウイルス叢を探索する今後の研究は、これらの質問に対する答えを提供してくれるでしょう。


(第406話 完)


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