シリーズ『くすりになったコーヒー』



 新型コロナウイルス(COVID19)が肺に感染すると重症化するとのことです。それでも軌道に侵入したウイルスを除去する働きが十分あれば、感染を免れる確率が高まります。


●苦味物質は気道の線毛運動を活発にしてウイルス排除の働きを強める(詳しくは → こちら )。



 このサイエンス誌の論文は「気道の苦味受容体が想定外の働きをしている」ことを初めて指摘して有名になりました。味の受容体のうち特に苦味受容体(TAS2Rs)は種類が多く、舌の他に鼻粘膜や気道,心臓,肺,小腸などにもあるのです。気道に苦味受容体がある理由は、侵入細菌に対する防御反応を起こすためとの説が有力です。病原菌が出す苦味物質を検知して,線毛運動を活発化したりしています。苦味受容体の機能が低い人は感染症にかかりやすい傾向にあるのです。


 しかし気道からCOVID19ウイルスを除去する働きを繊毛運動だけで説明することは困難です。そこで筆者は、「COVID19と苦味」を結びつける論文記載の現象に着目してみました。「感染すると匂いや味がなくなる」とか、「高血圧でACE2阻害薬を飲んでいると重症化する」というような現象のことです。全部で5つを拾い上げてまとめてみたら、細胞表面で苦味受容体TAS2Rと降圧薬受容体ACE2が互いに影響し合っていることに気がつきました(仮説:受容体間相互作用を参照)。


 次に、これと似たようなことを書いた論文を探してみました。すると極最近になって「脳神経節の受容体間相互作用」の論文が見つかったのです(参考図を参照)(詳しくは → こちら )。「受容体間相互作用」は今までにはなかった新しい概念なので、複雑な生命現象の深読みを更に深める武器になるような気がします。


 この仮説を導いた5つの根拠のうち、3番は昔から知られていました。ACE2阻害薬の代表はカプトプリルで、その味覚異常(消失)の原因が詳しく研究されたのです。その結果、


(1)ACE2は亜鉛がないと機能しない(詳しくは → こちら )。


(2)苦味受容体は亜鉛がないと出来ない(詳しくは → こちら )。


 という2つの互いに独立した現象が解っています。しかしこの2つの現象からACE2とTAS2Rの働きを直接関係づけることはできません。一方、COVID19感染の初期、つまり亜鉛が不足していない状態で、味覚消失が起こる事実(2番)は重要で、これはACE2が直接苦味受容体の働きに影響を及ぼしていることを示唆しています。



 次に、苦味受容体TAS2Rsが気道(気管支)にあって、そこに苦味物質が結合すると図1のように線毛運動を活発にします。しかしそれだけではなく、苦味物質で気道が拡張し、異物の排泄効果を高めることが解ってきたのです(後述)。


 最後に残った5番のin silico実験とは、AIを使って遺伝子発現マイクロアレイ解析を行って、20種類以上もある苦味受容体TAS2RsのうちTAS2R10が防御機能コントロールの中心であることが示されました(詳しくは → こちら )。


 そこで既存の苦味医薬品のなかから、TAS2R10を含めて結合するTAS2Rsの数が多いものから順に選んで、抗COVID19候補薬として選択したのです(表1)。ここにはコーヒーのカフェイン(赤)もランキングされています。ギネス収載の最強苦味物質デナトニウムと現在COVID19で臨床試験中のクロロキンも入っています。



 それではさらに詳しく見てみましょう。


●COVID19が受容体ACE2に結合して感染するメカニズム(詳しくは → こちら )。


 東大医科研がホームページで発表したのは、急性膵炎治療薬ナファモスタットがCOVID19の感染を予防するメカニズムです(図2参照:論文は未公開)。ACE2に隣接するタンパク質分解酵素TMPRSS2に注目して下さい(赤字と赤枠)。尚、ナファモスタットは苦味物質とのことです(メーカーのインタビューフォームによる)。


 COVID19ウイルスは受容体ACE2に結合しますが、このままであれば感染は成立しません。感染が起こるにはウイルスの表面にあるSタンパク質が分解して、遺伝子RNAがむき出しになる必要があります。ヒトにとっては不運なことに、ACE2のすぐそばの細胞膜に、タンパク質分解酵素TMPRSS2があるのです。そしてこれが感染を誘導しているのです。



●TMPRSS2はACE2に結合したウイルスのSタンパク質を分解する。


 これが起こると感染の成立です。Sタンパク質が壊れることで、ウイルスの本体であるRNA遺伝子が表面に出て、細胞との接着面から侵入します。これで感染成立です。そこで医科研の研究者が考えたことは、「急性膵炎の治療薬ナファモスタットがTMPRSS2を阻害するので、そうすればウイルスの侵入を妨ぐことができる」。今、臨床試験を準備中とのことです。


 では次に、苦味物質が線毛運動を活発化するだけでなく、気道(気管支)を拡張して、肺炎の症状をやわらげることを説明します。


●苦味溶液を吸入すると気管支平滑筋が弛緩して気道が広がる(詳しくは → こちら )。


 この2010年の実験で使われた苦味物質は、サッカリン、クロロキン、デナトニウムなどで、これをエアロゾルにして使いました。実験動物は、アレルギー物質で喘息状態にしたマウスで、エアロゾルを吸入させると、見事に気道が拡張したのです。作用の強さは既存薬アルブテノールより強かったから驚きです。


 これが契機となって、2013年にはメカニズムの詳細を説明する論文が発表された(詳しくは → こちら )。実験は複雑なので、同じ号に載っている解説記事の絵を引用しましょう(詳しくは → こちら )。図3をご覧ください。



 気道は気管支平滑筋に囲まれたチューブで、平滑筋の細胞膜に苦味受容体があります。この受容体に苦味物質が近づくと、すぐに結合して、その刺激が、細胞内の情報伝達物質をリレーして伝わって、最後にL型カルシウムチャンネル(カルシウムが細胞壁を通り抜けるトンネル)を塞ぎます。その結果、細胞収縮に必要なカルシウムが入ってこなくなり、平滑筋の緊張がほぐれて、気管支が広がって呼吸が楽になるのです。


 苦味受容体が軌道を広げる意義は、呼吸が楽になって喘息発作が改善するだけでなく、吸気とともに入り込む異物の排出に役立っています。ウイルスや細菌が気道に留まることなく、線毛運動の流れに乗って外部に排出され、感染症の予防に繋がるのです。


●受容体間相互作用


 この新しい概念についてもう少し説明を加えます。2つの受容体ACE2とTAS2R10は細胞膜の互いに近くにあるはずです。ACE2にカプトプリルなどの降圧薬が結合すると、受容体の構造が変化して僅かながら形が変わり、その物理的な歪みが細胞膜に伝わります。そして近くにあるTAS2R10にまで影響を及ぼします(図では波紋で示す)。


 逆に、苦味物質がTAS2R10に結合すると、その形の変化が細胞膜上を伝わってACE2にまで達するはずです。つまり両受容体は形の変化が互いに影響し合う微小環境内で相互作用し合っているのです。その関係を図に示します。



 ここで、TAS2R10に結合する苦味物質は多種多彩ですし、「良薬は口に苦し」の格言通りで、数ある医薬品の味は「苦味」が一番多いのです。食べものでは、ゴーヤとお茶とコーヒーで、数が多いという訳ではありません。カフェインも苦味物質なので結合します。


 一般に苦味が強いほど受容体への結合力は強く(というより強く結合するので味も強い)、かつ細胞表面を伝わる力も強いと思われます。そして、その力が十分に強ければ、ACE2の形の変化が、ウイルスの結合を許さないほどに大きくなる・・・という可能性があるのです。

(第407話 つづく)


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