シリーズ『くすりになったコーヒー』


 NATURE電子版 May 8, 2020


 致命的なCOVID-19合併症の背後にある血栓のメカニズム解明が始まっている。


 By Cassandra Willyard (日本語訳 岡 希太郎)


 紫色の発疹、脚の腫れ、カテーテルの詰まり、突然死―その背景にあるという血栓は、大小を問わず、COVID-19のよくある合併症で、研究者たちはその原因を解明し始めました。何週間にもわたって、全身に及ぼす病気の影響が報告されていますが、その多くは血栓が原因の病態です。「これは血栓の嵐のようなものです」と語るのは、ニューヨーク市コロンビア大学・心臓病学のフェローであるベヌード・ビクデリです。一般に重症患者には血栓を発症するリスクがありますが、COVID-19患者はより感受性が高いようです。



 オランダとフランスの研究によれば、重症のCOVID-19患者の20〜30%に血栓が出現しています。研究者たちはいくつかのもっともらしい仮説を立てて、メカニズムを解明する目的で研究を始めました。しかし、死亡数が増加しているため、研究と同時並行で血栓抑制薬の治療的投与を急ぐ必要もあるのです。


ダブルヒット


 血栓はゼリー状になった細胞やタンパク質の塊で、出血を止める身体のメカニズムが働いた結果です。一部の研究者は、血液凝固をCOVID-19患者の重大な特徴と見なしています。しかし、研究者を困惑させているのは血栓の存在ではなく、何故固まるのかというメカニズムです。「提示されてくるプレゼンテーションには尋常ではない珍しいものが沢山あります」と言うのは、ダブリン王立外科医学校・アイルランド血管生物学センターのジェームズ・オドネルです。



 抗凝固薬はCOVID-19患者の血液凝固を確実に防止するものではなく、若者は脳閉塞によって引き起こされる脳卒中で瀕死の状態に陥ります。そして、入院中の多くの患者で、凝固した血餅が破壊するときに生成するD-ダイマーと呼ばれるタンパク質断片が劇的に増えているのです。高レベルのDダイマーは、COVID-19感染で入院した患者の死亡リスクを予測する強力なマーカーであるかのようです。


 研究者はまた、毛細管内に多くの小さな血栓を観察しています。ニューヨーク市のウェイル・コーネル・メディシン社の血液学者ジェフリー・ローレンスたちは、COVID-19患者3名の肺と皮膚を検査して、毛細血管が血栓で詰まっていることを観察しました。他の研究チームも同様の調査結果を報告しています。



 ローレンスは「COVID-19患者の血栓は、他の重度の感染症に見られるものとは違います」とも語りました。「これは本当に見たことのない新しいものです」。COVID-19患者の血栓は、一部の患者の血中酸素濃度が非常に低いこと、およびECMO(血液体外循環による生命維持装置)が効果的でないことの説明にも役立ちます。それは「ダブルヒット」とも言えるもので、肺炎が膿のような液体で肺胞を詰まらせ、同時に微小血栓が酸素を含んだ血液の肺胞通過を邪魔するのです。


ウイルスの影響


 血液が凝固する理由はまだ解りません。1つの可能性は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2が血管の内側を覆っている内皮細胞を直接攻撃することです。内皮細胞は、ウイルスが肺細胞(気道細胞)に侵入するときと同じ受容体ACE2を発現しています。また、内皮細胞が感染するという証拠も示唆されています。スイス・チューリッヒ大学病院とマサチューセッツ州ボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院の研究者たちは、腎臓組織内の内皮細胞からSARS-Cov-2を検出しました。オタワ大学心臓研究所・最高科学責任者のピーター・リウ氏は、健康な人の血管は「非常に滑らかに並んだパイプ」であるとした上で、パイプ裏地は血栓の形成を積極的に阻止しますが、ウイルス感染によってこれらの細胞に傷がついて、凝固プロセスを引き起こすタンパク質が大量に血管内に排出されると考えています。


 免疫系に対するウイルスの作用も、凝固に影響する可能性があります。一部のCOVID-19患者では、サイトカインストームという、さまざまな経路を介する凝固と凝固関連の炎症を引き起こす化学信号が、激流となって免疫細胞に襲い掛かります。またウイルスは、本来は怪我による出血を防ぐための補体系を活性化しているようにも見えます。ローレンスのグループは、COVID-19感染患者の肺や皮膚組織の血管内で凝固した血液に補体タンパク質が集まっている画像を確認しています。カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学・血液学研究プログラムの責任者アグネス・リーは、これらすべてのシステム(補体、炎症、凝固)は相互に関連していると述べています。「一部のCOVID-19患者では、これらのシステムはすべて一種のハイパードライブ(超高速ドライブ)の最中なのです」。



 しかしリーは、COVID-19患者だけのものではない他の要因が関与している可能性も指摘しています。一般に、入院を要する患者は凝固系に複数の危険因子を抱えています。彼らは高齢者であったり、肥満者であったり、高血圧または糖尿病をもっていたりするのです。高熱を伴う深刻な病気のため、自分では動けなくなっています。あるいは、易凝固性の遺伝的素因をもっているか、凝固リスクを高める薬を服用している可能性もあります。「そういう状態は一種の完璧なストームのようなものです」とリーは言っています。


新しい治療法への競争


 研究者がCOVID-19感染患者の血液凝固がどのように発生するかを解明し始めた一方で、血栓の予防と破壊を目的とした新しい治療法のテストが試行されています。抗凝固薬は集中治療室の患者の標準的な治療法であり、COVID-19患者も例外ではありません。しかし、投薬には熱い議論が起こっています。「問題は、今、あなたはどれほど積極的になるべきかなのです」と、ニューヨーク市のベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンターでホメオスタシスと血栓症部門の責任者であるロバート・フラゥメンハフトは言います。同じくニューヨーク市のマウント・サイナイ医学校の研究者は、COVID-19感染の入院患者で、人工呼吸器を使用しながら抗凝固薬を投与された患者は、抗凝固治療を受けなかった患者より死亡率が低いと報告しています。しかし、このチームは治療効果を説明する別の理由を排除できていません。ですから高用量の抗凝固薬を使うことにリスクがないとは言えないのです。



 ニューヨーク市のコロンビア大学で、研究者らは臨床試験を開始し、COVID-19重症患者の抗凝固薬治療について、標準投与量と高用量の比較試験を行っています。カナダとスイスでも同様の試験が計画されています。また、ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンターの科学者たちは、組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)と呼ばれるさらに強力な血栓破壊薬を評価する臨床試験を準備中です。この薬はより強力ですが、抗凝固薬よりも深刻な出血リスクを抱えています。


 科学者たちは、これらの試験やその他の試験によって、難しい治療法を選択する助けになるようなデータが出てくることを期待しています。一方でリーは「リアクション医療」の発生を心配しています。彼女の話によれば、「各地の医師たちが、無数に発信されている散発的で個人的な治療経験に呼応して、自らの治療選択をあれこれと変えているのは如何なものか」。彼女は治療選択で最も大切なこととして、「・・・しかし、私たちが最初に選ぶべきは、安全第一を忘れてはならないということです」。


(第410話 完)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

空前の珈琲ブームの火付け役『珈琲一杯の薬理学』 

最新作はマンガ! 『珈琲一杯の元気』

コーヒーってすばらしい! 購入は下記画像をクリック! 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・