シリーズ『くすりになったコーヒー』


Br J Haematology電子版 May 21, 2020


COVID-19:黒人の高い血栓症リスクと死亡率を説明する分子メカニズム


By Dr. Roshan Ramasamy,et al. (日本語訳 岡 希太郎)


【訳者まえがき】COVID-19患者の突然の重症化と死亡原因は人種によって異なる・・・とした元論文に宛てたコメント。山中伸弥先生の「ファクターX」として幾つかの仮説がありますが、「日本モデルの力」はさて置いて、ここでは「もしかしたら☕の血栓予防効果が役に立つ」かも知れないと期待して、「血栓症の東アジア低リスク論」について深読みします。以下は、英国血液学雑誌最新号の日本語訳で、主に英米黒人の高死亡率を「血栓形成→崩壊→臓器塞栓」の急速な転機に注目した論説です(URL👇)。ちょっとだけアジアも登場しますので、やや難しいですが「明日は我が身」と思ってお読みください。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bjh.16869


 本誌最近号に掲載されたFogartyらの論文「血栓形成リスクの差が民族間のCOVID-19死亡率の差に結びつく(文献1)」を興味深く読みました。彼らの見解は英国にとって非常に重要です。何故なら英国内でCOVID-19の病院内死亡率を、年齢と性別を調製して比較すると、黒人は白人の2.17倍、アジア系の1.95倍だからです(文献2)。黒人の高い死亡率は、貧困、肥満度、喫煙、合併症(文献2)、更には都市か田舎かと言った居住地の差、貧困地域か否か、家族構成、社会的経済力、あるいは健康状態を調製しても(文献3)変わりません。一方、米国14州のデータによれば、黒人入院患者の33%がCOVID-19患者であるのに、その他の人種では14%に過ぎません(文献4)。欧米に住む黒人の民族性は、アフリカ出身の多様な民族から成り立っています。黒人に分類されるアフリカ系米国人複数集団の研究では、血栓リスクの一貫した高値が認められるので、COVID-19の場合にも血栓が原因不明の民族格差の一因になっている可能性があります。


 Fogartyらは、COVID-19患者は肺血管内凝固障害を起こしていると書いています。私たちの研究によれば、 COVID-19で入院した患者は、Dダイマー(血栓崩壊マーカー)のレベルが高値で、7.7%の高率でVTE(静脈血栓塞栓症)を合併していました(文献5)。別の研究でも、集中治療中のCOVID-19患者ではDダイマーの上昇が見られ、播種性血管内凝固が見られなくても、16.7%の患者に肺塞栓症(PE)が報告されています(文献6)。COVID-19で急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の患者のPE発症率は、その他の状態が一致している非COVID-19のARDS患者の6倍に達しています。論文著者らは、血栓の原因は呼吸不全があるとか重篤だからというだけでは説明できず、異常な肺微小血管血栓症と関連していると結論づけました。COVID-19患者ではフォンヴィレブラン因子(VWF)と第Ⅷ因子も上昇しています(文献6)。これまでに提案されている肺血管内凝固障害モデルでは、血小板凝集を起こし、かつ循環血中で血栓性第Ⅷ因子の分解を防いでいるVWFが、血管内皮から放出されることによるとなっています。


Fogartyらは、アフリカ系米国人の血栓症リスクが高いこと、つまり年齢と性別を調整後のVTE(静脈血栓塞栓症)発症率が白人より67〜104%の高値である理由として、BMI、高血圧、糖尿病、腎臓病、抗凝固状態、および社会的経済力などを指摘しています(文献7–9)。またVTEをもたないアフリカ系米国人にも認められる高レベルのDダイマー血中濃度は(文献10)、年齢、性別、VTEリスク因子と薬物療法の有無、およびライフスタイルの影響を除いても観察されます(文献11)。即ちアフリカ系米国人は、VTEが検出されない健康状態であっても、本来血栓を形成しそれが崩壊する傾向が強いことを示しています。


 健康なアフリカ系米国人では、VWF、フィブリノーゲン(血液凝固第I因子)、および第Ⅷ因子の血中濃度が白人より高値を示します(文献10,12)。VWFと第Ⅷ因子は、アフリカ系米国人がVTEを起こす独立したリスク因子(文献7,9)で、ABO血液型、高血圧、腎臓病、直近の外科手術、糖尿病、年収、飲酒などの影響を受けることはありません(文献13)。循環VWFの高値は、内皮での基礎産生量が多いこと、あるいはクリアランス(消失速度)の低下が原因かも知れません。上昇した第Ⅷ因子とDダイマー値に加えて、血管内皮の活動性の高まりが、アフリカ系米国人に多いVTEのリスク因子になっていることを意味しています。あるいはまた、血栓形成と崩壊に及ぼす血管内皮の働きの違いが、遺伝的または未知の環境要因によって、アフリカ系民族グループでごく一般的な危険因子になっている可能性があるかも知れません。


 英国の黒人についても同様の傾向が報告されています。英国のある医療センターでは、深部静脈血栓症(DVT)の黒人患者の第Ⅷ因子レベルが、同じ疾患の白人患者より高いことを報告しています(文献14)。トロンビン産生能がDVTの有無に関わらず白人より黒人で増加しているのです(文献14)。英米両国で、ある一部の黒人集団の血栓症リスクが高くなっているということです。


 黒人の民族性とCOVID-19の両方がVTEの増加に関連している場合、COVID-19に感染した黒人は、過剰な死亡率に関与する血栓複合リスクに苦しむことになります。英国と米国の黒人にとって、血栓症リスクは、生物学的にも社会経済的にも相互作用し合う複数の変数の1つとなって、COVID-19による死亡率の増加を引き起こします。黒人の民族性と血栓リスクとCOVID-19による死亡率の間の相互作用は、従来から言われているVTEリスク要因としてのBMI、糖尿病、心血管疾患などによって増幅される可能性があります。黒人集団に見られる第Ⅷ因子とVWFの増加も、これの分子メカニズムの妥当性を示唆しています。COVID-19が微小血管血栓症を伴う肺血管内凝固障害を引き起こすとするなら、黒人の高いVTEリスクは、PE(肺塞栓症)など容易に検出できる大血管血栓がない場合でも、COVID-19患者の脆弱性を高める可能性があります。


 血栓症リスクの差を使って、アジア系英国人のCOVID-19死亡率の増加を説明することはできません。死亡率の高値は、年齢、出身地域、社会経済力を補正した後で、特にパキスタン、バングラデシュ、およびインド系の人々には通用するようです(文献3)。しかし、年齢で補正してみると、このデータは中国系英国人の高い死亡率を説明できません。Fogartyらは、白人と中国人のCOVID-19患者間に見られる凝固障害の違いについて考察し(文献1)、一般に中国人のVTE率は低いと言っていますが、南アジア人については限られたデータしかありません。大規模なある1つの研究によれば、白人と比較してインド系英国人のDVT発生率は低いと報告されていますが(文献15)、VWFや第Ⅷ因子など凝固因子に関するデータはありません。


 COVID-19で得られたデータの民族格差の研究は、「黒人」、「アジア人」、「白人」といった大まかな括りに基づいています(文献2)。しかし、これらのグループ間の民族格差を覆い隠すほどの、ある特別の亜集団(サブポピュレーション)が、血栓症とCOVID-19感染症にまたがる特有のリスク因子になっているかも知れません。残念なことに、アフリカ系米国人の膨大なVTE関連データがあるものの、米国以外の国では少数民族の血栓症リスクに関するデータはほとんどありません。


 COVID-19の場合、社会経済的要因と生物学的要因の、特に凝固因子レベルを考慮しつつ、特定の民族亜集団における死亡要因の多変量解析を優先的に研究する必要があります。 VWFおよび第Ⅷ因子が独立してCOVID-19の病態と関係するか否かは緊急性を要します。ある特定の民族の血栓症リスクが高いとなった場合には、入院患者向けの全用量抗凝固療法が有効でしょうし、病院以外で過ごす患者向けには抗血小板薬の処方が、COVID-19の血栓予防に意味をもつことになるでしょう。


(文献は省略)


【訳者あとがき】COVID-19の死亡原因が民族性に依存する血栓にあることは間違いなさそうです。そこで☕が何らかの役を果たすとしたら、まず第1に「血小板凝集抑制作用」があげられます。前にも書きましたが、☕を飲んだ後の血液が示す「凝固能低下作用」には目を見張るものがあるからです。


(第411話 完)


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