シリーズ『くすりになったコーヒー』


 昨年3月、ニコチン酸(商品名:ナイクリン)の国内販売が中止になりました。トーアエイヨー株式会社にとってほとんど利益が出ない商品でしたから、この際見切りをつけたのでしょう。ニコチン酸に必須栄養素としての価値がなくなったわけではありません。それどころか補酵素NADの前駆体として、ニコチン酸は加齢疾患病の予防や治療に有効との論文が増えつつあるのです。新たなサプリメント研究も盛況です。古くて新しいビタミン・ニコチン酸が再び脚光を浴びる気配です。世の中は実に皮肉です。


●ニコチン酸に代替薬はあるか?


 ニコチン酸がなくなれば、ニコチン酸に替わる代替薬が必要です。筆者は「そんなものは存在していないので、食べ物で補給するしかない」と考えていますが、世の薬剤師の中には「ニコチン酸アミドあるから大丈夫」という意見を言う人がいます。以下はその1例です(詳しくは → こちら)。



【ブログ:ナイクリン販売中止と代替薬】任意団体「YG研究会 賢く生きる」から引用

2017年12月14日 木曜日


 ナイクリン錠50㎎/ナイクリン散10%が販売中止になるそうです(詳しくは → こちら)。

 2018年4月販売中止;経過措置期間満了日は2019年3月31日(既に中止になりました)


★ナイクリン 販売中止と代替品


 ナイクリンはニコチン酸を有効成分とする内服剤です。ニコチン酸は、ほとんどがニコチン酸アミドの形で、広く動植物に分布しています。また、その大部分は、細胞内でニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)に変換され、様々な酸化還元酵素の補酵素として機能しています。



 ナイクリンはニコチン酸欠乏症の予防及び治療(ペラグラなど)、ニコチン酸の需要が増大し食事からの摂取が不十分な際の補給(消耗性疾患、妊産婦、授乳婦、はげしい肉体労働時など)や、ニコチン酸の欠乏又は代謝障害が関与すると推定される口角炎、口内炎、舌炎、接触皮膚炎、急・慢性湿疹、光線過敏性皮膚炎、メニエル症候群、末梢循環障害(レイノー病、四肢冷感、凍瘡、凍傷)、耳鳴、難聴に使用されます。


 ニコチン酸はビタミンB3(ナイアシン)の一つです。ナイアシンは食品からの摂取以外に、生体内で必須アミノ酸のトリプトファンから生合成することができ、この飽食の時代、不足するようなことはまずありません(図を参照)。魚や肉、きのこ類に多く含まれています。


★ナイクリンの代替品


 ナイクリンと同一成分のニコチン酸を成分とする薬剤は存在しません。代替品としてはニコチン酸アミド散10%(ゾンネ)が考えられます。


 ニコチン酸は肝臓に取り込まれた後、ニコチン酸アミドに変換され、各組織に放出されるのですから、ニコチン酸アミドとして摂っても同じことですね。


【ブログ記載内容の間違い】


 上記のブログ記事には重大な間違いがあります。最後の2行は完全に誤解で、ニコチン酸の替わりにニコチン酸アミドを使うと、治療の失敗につながるリスクがあります(後述)。古い教科書には、「ニコチン酸とニコチン酸アミドはビタミンB3として同等」と書かれているので、今でもそう考えている人が多いのは事実です。上記ブログの著者も然りです。しかし、今世紀になってニコチン酸受容体(GPR109A)が発見されてからは、ニコチン酸だけの薬理作用が加わりました。


●ニコチン酸をビタミン要求量の10~100倍で服用していると、血中HDL値が上昇する(詳しくは → こちら)。


 この薬理作用は高脂血症治療に有用ですが、ナイアシンフラッシュと呼ばれる副作用のために実用化されていません。今でも副作用の出ない投与法に関する研究が続いています。一方、ニコチン酸から体内でできるNADには、古い教科書に書かれている「高エネルギー分子ATPを合成する」こと以外に、高齢化社会に求められる新たな生理作用が解ってきました。


●NADの生理作用が研究され、長寿遺伝子Surtの基質として代謝分解され、同時にSirtが活性化される(詳しくは → こちら)。


 赤ワインのレスベラトロールと同様に、NADが加齢関連疾患の予防や治療に有用であることが解ってきたのです。しかしNADは飲んでも吸収されません。そこで体内でNADになる前駆体が精力的に研究されました。その結果、高齢者やがん患者では、唯一ニコチン酸がNAD前駆体として有用であることが示されたのです。ニコチン酸アミドのNADへの変換率は低いために、NAD不足の状態では前駆体としての機能を果たせません。


【NAD代謝経路のまとめ】


 ブログに添付された図は、「NADがニコチン酸からできて、ニコチン酸アミドからはできないこと」を示していますが、それ以外は間違いだらけなので無視してください。替わりにNADの正しい代謝経路を最新の論文から引用します(詳しくは → こちら)。



 この図でNADは中央の赤丸、ニコチン酸は右上のコーヒーカップの横、ニコチン酸アミドは左下の排泄経路へ、そして最も重要な指摘を図のキャプションに赤字で示しました。その中身とは、


●NADを増やす方法は色々あるが、ヒトで唯一実証されているのはニコチン酸を摂ることである。


 ですから、NAD前駆体となるビタミンB3の効率は、ニコチン酸アミドよりニコチン酸の方がずっと高いということです。ニコチン酸アミドがニコチン酸の代替薬として役立つのは、代謝機能が十分に高い若いうちだけで、消耗性の病気や高齢で代謝機能が低下してくると、役に立たなくなるのです。以上を理解すれば、次なる結論を容易に受け入れることができるはずです。


●NAD欠乏を改善するには、ニコチン酸を摂るしかない。


 ではどうすればニコチン酸を摂れるでしょうか?1日必要量は男性で14mg、女性では10㎎程度となっています。直ぐにでも可能なやり方は「コーヒーを飲むこと」で、深く煎ったコーヒーならば、1杯(豆10g)に3~5mgが含まれているので、1日3杯飲めば9~15mgとなり、必要量をほぼ満たすことが可能です。しかし味と含有量のバランスに配慮すると、1杯に3㎎、1日9㎎と考えるのが実用的です。


 ニコチン酸を多く含む食品のトップ10に「穀類」を追加します。穀類を追加すると1日の食事レシピを楽に組み立てられるようになります。主食、特にお米は大事と改めて実感しました。



●筆者が推奨するレシピの1例。


⇒の材料を使って、1日の量を振り分けて、さらに食事と間食に分けて摂れば、必要量のニコチン酸を比較的楽に摂取できると思います。消耗性の病気や加齢(老化)依存性の病気にかかっても、こういう簡単なレシピを使ってみれば、元気になる人もいることに気づくのではないでしょうか。



 最後に、薬としてのニコチン酸について補足しておきます。


●医者が必要と認めても医療用医薬品がないし、薬価基準も消えたので処方できない。


 医療用医薬品とは医師の処方箋で使用が認められる薬のことです。こういう薬には公的価格が定められて、多くの場合に患者負担の軽減に寄与しています。ビタミンB3の場合、昨年の春まではニコチン酸とニコチン酸アミドの両方があって、薬価基準が定まっていました。しかし今はニコチン酸アミドしかありません。


●医療関係者の知識不足で両者が混同して使われる現実がある。


 両者の違いを表にまとめます。全くの別物を混同して処方する現実を初めて論文に書いたのは、オーストラリアの病院薬剤師でした(詳しくは → こちら)。ごく最近になってカナダの医師が同様の意見を述べています(詳しくは → こちら)。さらに日本では「ニコチン酸を処方したいが入手できない」との学会での医師の発言がありました。このように潜在的なニコチン酸需要はあるのですが、混同してニコチン酸アミドを処方すると、日本では起こりませんが、効果が得られず予期せぬ副作用につながります。



●海外では誰でも買えるニコチン酸が売られている。


 日本でもネットで個人輸入が可能ですが、混同して別物が届けられるケースがあります。名称の混同とビタミンとしての摂取量を間違えると、ほぼ確実に副作用につながります。しかし、潜在的なVB3欠乏を補うには、ニコチン酸が最も信頼できる前駆体ですから、安心してビタミンB3剤を活用するために、国の関係者にお願いがあります。


●国内でニコチン酸が使えるように、行政の速やかな対応を急いでもらいたい。

(第413話 完)