シリーズ『くすりになったコーヒー』


 コーヒーのトリゴネリンは不可思議な成分です。


●トリゴネリンは転写因子Nrf2/ARE経路を遮断する(詳しくは → こちら)。


 前回も書いたように、Nrf2/ARE経路は抗酸化性に働く最も中心的な経路です。新薬への期待もあって、バルドキソロンの治験が始まっています。しかし、この重要経路がコーヒーのトリゴネリンで遮断されるというのです。今世紀になってから、薬理学実験の試薬としても使われるほどで、その遮断作用は確実なものです。


 トリゴネリンを多く含む浅煎りのコーヒーを飲んで、Nrf2/ARE経路が本当に遮断されると、血中の炎症マーカーが高まって、全身あちこちの細胞で酸化ストレスが高まるはずです。しかし実際には、トリゴネリンは酸化ストレスを減らして抗炎症作用を示すとの実験があるのです(上記の論文を参照)。細菌毒素LPSで引き起こした炎症反応を、トリゴネリンが抑制したのです。Nrf2が働かないのに、トリゴネリンが効くというのです。


このようなトリゴネリンの2面性とは、一体何なんでしょうか?今のところは「トリゴネリン・パラドックス」と言う以外ありません。


●唯一、説明できるとすれば、トリゴネリンの酸化ストレス軽減作用は、Nrf2/ARE経路と無関係に発現する。




 筆者が強調したいのは、トリゴネリンのもう1つの作用点です。表1に示す炎症性の転写因子NFκB(エヌエフカッパービー)をトリゴネリンが抑制します。NFκBは、細胞の酸化ストレスを増強する、いわば悪玉転写因子として有名です。細菌毒LPSや、肥大化した脂肪組織から放出されるTNFαは、どちらも細胞表面に受容体があって、そこにLPSやTNFαが結合するとNFκBが働いて、炎症性サイトカインのIL-1やIL-8、更にはTNFαそのものまでが産生してきます。その結果、炎症反応や免疫反応が強まって、細胞障害に繋がるのです。ですからNFκBを抑制すれば、抗炎症作用が現われます。


●トリゴネリンは、たとえNrf2/ARE経路を遮断しても、別経路のNFκB経路を抑制することで、炎症反応を抑えてけれる。


 トリゴネリンはNFκBを抑制するコーヒー成分なのです(詳しくは → こちら)。でもトリゴネリンだけではありません。表1にあるように、コーヒーポリフェノールのカフェ酸(詳しくは → こちら)と、同じくフェルラ酸(詳しくは → こちら)はどちらもクロロゲン酸の構成要素で、かつNFκBの働きを抑制するコーヒー成分なのです。


 表の最下段をご覧ください。アクリルアミドのような発癌物質も、微量とはいえ両転写因子に作用します。このように、コーヒーのなかには種々の形で、Nrf2とNFκBに作用する成分が含まれています。両経路は互いに相反する薬理作用に繋がるので、互いに影響し合っているはずで、それを「両経路がクロストークしている」と表現するようになりました。


●Nrf2経路とNFκB経路のクロストークの具体的な中身はよく解っていない。


 しかし、病気を予防するコーヒーを上手に飲むために、クロストークの薬理学を極める必要がありそうです。続編をご期待ください。


(第352話 完)


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