前世紀が終わる頃から、コーヒーを飲んでいるとパーキンソン病(PD)発症リスクが下がるとの疫学データが出始めて、これまでに20編に近い総説論文が出ています。しかし、コーヒーに含まれる成分は多彩で、何がどのように効いているのかという実験薬理学について定説は多くありません。


 個々の論文を見てみますと、指摘された関与成分は色々です。先ず本命はカフェインで、アデノシンA2A受容体を阻害して運動神経を活性化するとの考えです。しかし、その後の調査で、デカフェタイプのコーヒーにも予防効果が認められるので、カフェイン以外の関与成分が検索されました(詳しくは → こちら )。


 2つ目はクロロゲン酸の構成要素のフェルラ酸です。フェルラ酸のポリフェノールとしての抗酸化作用が、脳神経の酸化障害を軽減するとのことです(詳しくは → こちら )。


 3つ目はクロロゲン酸から焙煎熱で産生するフェニルインダンで、主にアルツハイマー病の原因物質である老人斑などを予防して神経を保護するというものです(詳しくは → こちら )。


 最後にβ-カルボリン類のハーマンで、これは脳神経細胞の中で、細胞傷害性の代謝反応を阻止して神経を保護するということです(詳しくは → こちら )。



 以上のように、これまでに指摘されている関与成分が4つあるものの、残念なことにどれも動物実験や細胞レベルでの実験で、しかも1つずつの成分を単独で調べた結果です。従って、コーヒーの効き目を納得が行くように説明し切れる成分ではありません。


●そこで今回発表されたのは、ミトコンドリアの補酵素NADの前駆体であるナイアシン(ニコチン酸)である(図2を参照)。


 近年の知見によると、PDに関連するミトコンドリアの損傷には、NAD分解酵素であるSIRT3(NADと同じくミトコンドリアにある長寿遺伝子)の活性低下が関わっています。SIRT3の基質であるNADが不足すると、基質不足が原因のフィードバック作用が働いて、SIRT3も減ってしまうのです。そこでNAD前駆体であるナイアシンを投与してNADを増やすことができれば、SIRT3も増えてくれるというわけです(詳しくは → こちら )。


 図1に沿って説明しましょう。深煎りコーヒーに含まれているナイアシン(NA)は、最も効率の良いNAD前駆体で、青い破線で示すプレイス-ハンドラー経路を辿ってNADに変わります。そのNADは本来の役割であるエネルギーを産生する代謝に寄与しますが、その仕事が終わると、SIRT3その他によって分解され、ニコチナミド(NAM)に変わります。


●するとSIRT3は活性型となり、ミトコンドリアの主な5つの機能が向上して、PD症状が改善する(図中の活性型SIRT3の枠内を参照)。



 このように、ナイアシンを補充してNADを増量する方法は、その他の前駆体を用いるより効率が良く、安価で、かつ安全であることは確実です。その証拠として、100年を超えるビタミンB3の歴史が物語っています。しかし、近年のNAD生理学の画期的な進化に基づいて、新たな視点で栄養サプリメントの開発が激化しています。


●NADが不足する高齢者集団をターゲットに、新たな特許取得と高額商品開発を狙ったアカデミアと企業の動きが、NADサイエンスを間違った方向に誘導している。


 NADの新たな生理学の総説論文が、数ある医学誌に掲載されますが、どの論文を見てもナイアシン(ニコチン酸)が悪役扱いになっています。要点は「HDLを高めるための大量投与の副作用が、ビタミンとしての少量投与の場合にも問題になる」と書いてあるのです。このような記述は根拠のない作り話で、ナイアシンのビタミンとしての有用性を完全に否定してしまいます。


●図2の論文は、ナイアシンの有用性を客観的に評価した稀な例である(第413話も参照)。


 近年のミトコンドリアの病態生理学の格段の進歩によって、近代医学が見つけられなかった「ナイアシンでPDを治療する」という発想の転換が実現したのだと思われます。


●ナイアシン以外にも、必須栄養素の見直しが、その他の難病の克服に寄与する時がやってくる。


(第415話 完)


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