シリーズ『くすりになったコーヒー』



 新型コロナウイルスの正式名はSARS-CoV-2、その感染症はCOVID-19、感染した人はCOVID-19患者です。世界中で猛威を振るうCOVID-19なのに、何故か日本人の死者が少ない理由が解りません。中国と韓国も似た状況です。ノーベル賞学者の山中伸弥先生が「ファクターX」と呼んで、情報発信しています(詳しくは → こちら )。


●東アジア(日本、中国、韓国)で死者が少ない理由・・・ファクターXの謎


 図1はニッケイがまとめたグラフです(詳しくは → こちら )。南北アメリカ、ヨーロッパ、南アジアに比べて、東アジアの死者はずっと少ない。この現象に専門家が戸惑っています。



 日本人の衛生観念とかマスクと手洗い習慣とか言われていますが、科学的な説明がありません。それでも毎日増え続ける論文とネット記事を見て、筆者が注目しているのは、「日本人は日常的な弱毒コロナに感染して既に免疫力を持っている」と「腸内細菌叢エンテロタイプに人種差がある」の2つです。前者は専門家にお任せして(例えば → こちら)、筆者は腸内細菌に焦点を絞って深読みします。ちょっと長いですけれど、基礎知識から順に【深読み1】~【深読み4】をお読みください。その後にファクターXに迫ります。「知識は力」、必ず役に立つはずです。


【深読み1】腸内細菌の人種差・民族差について


 腸内細菌の種類と数は100種100兆と言われています。とはいえその中身は人によって違うし、人種や住んでいる環境、食べ物、さらには健康状態や飲んでいる薬によっても違います。何か基準がないものかと、世界の専門家が頭を捻った結果は、「最も多く存在する菌の種類で3つに分けるエンテロタイプ」です。表1をご覧ください。



●善玉、悪玉、それとも日和見・・・年齢でも変わる腸内菌


 俗に、善玉菌とか悪玉菌と呼ばれる菌がいます。若い頃の腸内菌には善玉菌が多いのですが、年とともに悪玉菌が増えて善玉菌は減ってしまいます(図2を参照)。しかし、物心がつく頃からずっと優勢で数が多いのは、善玉でも悪玉でもなく、性格がはっきりしない日和見菌です。表1の3つのエンテロタイプでは、それぞれに数の多い日和見菌が主役になっていて、日本人は3型のルミノコッカス属が多いタイプと言われています。しかし定説はなく、あくまでも目安です。



 図2は、善玉菌サプリメントの広告にも出てくるグラフです。よく見ると、日和見菌の菌数は全体の80%以上を占めていますが、健康なヒトの日和見菌は善玉でも悪玉でもありません。しかし、体力が落ちたり、病気になったり、感染したりすると、その時々の状況に応じて日和見菌が悪玉化することがあります。例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV1)に感染すると、プレボテラ属(以下、単にプレボテラとも書く)が悪玉化して、腸粘膜の免疫細胞に影響し、免疫不全症状を悪化させます(【深読み2】の冒頭も参照)。


 COVID-19の場合、プレボテラが関与する実験的証拠はありませんが、腸内菌叢の個人差が原因となって、持病による重症化や、症状の突然の変化が起こるとの考えがあります(詳しくは → こちら )。ですから、COVID-19とプレボテラの関係についても調べる価値がありそうです。でもその前に、アジア各国のプレボテラ菌の違いを調べてみます。


●アジア各国のプレボテラの比較


 「日本人のプレボテラ」について検索してみると、「日本人にはプレボテラが多い」という記事が多く見つかりました。一例をあげますと、慶大医学部の伊藤裕教授は、「日本人は米を食べているのでプレボテラが多い」と書いています(詳しくは → こちら


 伊藤教授の記事の出所は不明ですが、恐らく九州大の中山二郎准教授の論文「アジア地域の小学生の食生活と腸内菌の関係」をよく読まずに引用したと思われます。その中山准教授は、東アジアと東南アジア10都市の小学生について、糞便中の腸内菌を調べました(図3)。その結果、「インドネシア人は日本人よりもプレボテラがずっと多い(図3aの緑色)」ことに注目し、その理由として「インドネシアの小学生が食べるジャバニカ米またはインディカ米は日本人が食べるジャポニカ米より消化し難い」ことを指摘しています(詳しくは → こちら)。



 日本人の小学生にプレボテラが少ないことは、図3bの下段を見ると良くわかります。東京と福岡の小学生の棒グラフはほとんど横軸すり切りですが、インドネシア(ジョグジャカルタとバリ)の小学生はずっと大きな数値です。そして中国や台湾はその中間の数値です(韓国は未調査)。日本人のこの傾向が成人になると薄れる理由は、食の多様化の影響と考えられます。


●日本人の主食ジャポニカ米はプレボテラの餌にならない(詳しくは → こちら)。


 米を主食とするアジアの農耕民族は、デンプンを消化する酵素アミラーゼを多く持っています。アミラーゼ遺伝子のコピーが複数あるからです。日本の米はジャポニカ種で、アミラーゼで速やかに消化されて吸収されます。そのためプレボテラが餌にできる分け前が残りません。図4の棒グラフを見ると、その関係がよくわかります。1日に1合以上のジャポニカ米を食べていると、プレボテラはほとんど居なくなります。その結果、エンテロタイプが2型から1型に変化するのです(図4の赤枠:p<0.05)。日本人が米を食べていれば、成人してもプレボテラの少ない1型エンテロタイプを維持できるのです。



●ジャポニカ米の生産地とは


 最後に図5をご覧ください。COVID-19で死者の少ない東アジア地域は、ジャポニカ種の産地でもあるのです。ですから東アジア人に1型エンテロタイプが多いことと一致しています。これに対して、インドネシアのジャバニカ米やインドとその周辺のインディカ米を主食とする人々には、プレボテラの多い2型エンテロタイプが多くなると考えられます。



 図5ではやや曖昧ですが、COVID-19で死者の少ない台湾を見てみましょう。台湾で作られている米は、インディカ種とジャポニカ種の交雑で、小学生の糞便分析の結果では、プレボテラの割合は日中2国よりやや大きな数値になっています(図3b)。その台湾で死者が非常に少ない理由は、完璧な行政指導でウイルス封じ込みに成功しているからだそうです。


【深読み2】プレボテラ属の悪玉化について


 プレボテラ菌は穀類や食物繊維に富む食事と関係しているので、有益な細菌と考えられています。しかし、ヒト免疫不全ウイルス(HIV1)が感染して発症する後天性免疫不全症候群(AIDS)では、プレボテラ菌が共存すると、全身の免疫細胞が活性化して慢性炎症が増悪すると言われています(詳しくは → こちら)。別途に、血栓を伴うレミエール症候群ではプレボテラ菌の関与も確認されています(詳しくは → こちら )。


 もしプレボテラ菌がSARS-CoV-2と共存すると、タンパク質間相互作用によって免疫系が亢進し、炎症反応が起こると指摘する論文があります。やや大胆な仮説ですが、コンピューターの計算結果を信じて、そこから話を始めることにします。


●先ずはビッグデータを解析




 ヒトのタンパク質とプレボテラのタンパク質はよく研究されています。中国の武漢で新型コロナウイルスが見つかって間もなく、ウイルスに由来する主要タンパク質分解酵素(Mpro)などの構造も公開されています。これら3者のタンパク質が共存した場合、タンパク質間相互作用がどのように構成されるのか、コンピューター解析の結果が論文になっています(詳しくは → こちら )。


 図6をご覧ください。この図の小さな点1つ1つがタンパク質で、ブルースカイ色は患者自身のもの、緑の蛍光はプレボテラ、その他の色はウイルス関連のものです。そして点と点を結ぶ線が相互作用を示しています。論文の著者が最も注目している相互作用は、図右側の赤枠で囲った部分です。


 プレボテラのタンパク質合成酵素(IF-3とPFOR)と、患者の炎症性転写因子(NFκB)の間に強い相互作用が示されました。ウイルスではなくプレボテラのタンパク質が患者の病態を決めているという驚愕のデータです。これはつまりプレボテラが悪玉化していることを示しています。事実だとすれば、COVID-19患者の「突然で急速な重症化」の原因が、ウイルスではなく、ウイルスと共存したプレボテラ菌にあることになります。患者自身の炎症性転写因子NFκBの過剰発現が肺に血栓の塊をもたらして、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こすというのです。別途に、丁度1年前の論文に、NFκBが血小板を刺激して血栓を作るとの論文がありました。この論文は、図6のコンピューターが出したデータと矛盾しない内容になっています(詳しくは → こちら )。


●臨床現場の医師の見解は血栓形成


 COVID-19患者を治療した医師たちの話では、患者の突然の重症化は、全身の何処にでも起こる血栓形成にあるとのことです(第410話、411話、414話を参照;さらに詳しくは → こちら )。しかし、SARS-CoV-2の感染と血栓ができるメカニズムの関係はわかっていません。ましてやプレボテラ菌が原因になるなどとは、証拠になる情報がほとんどありません。


 これまでに知られている血栓は、血管壁にコレステロールが付着することから始まって、年月を経て粥状動脈硬化に発展するもので、COVID-19の異常に速い変化とは別物です。そこで筆者は改めて文献を精査し直した結果、COVID-19で血栓ができる理由について、次の3項目《血栓形成1》~《血栓形成3》があり得る根拠になると考えました。


《血栓形成1》レクチン-補体系が関与する自然免疫


 補体(C:Compliment)とは、身体に侵入した病原体を排除する自然免疫系のタンパク質です。補体は不特定の病原体と広く反応するので、SARS-CoV-2のような新型ウイルスの排除にとってはなくてはならない存在です。名前の由来は「抗体の働きを補う」という意味です。図7の左下をご覧ください。


 SARS-CoV-2が血液に侵入すると、そこにあるマンノース結合レクチン(MBL)と結合します。MBLは誰もが持っているヒト型血清レクチンで、糖鎖に結合する性質があります。SARS-CoV-2の表面に突き出ているスパイクタンパク質には糖鎖があるので、MBLが結合できるのです。するとレクチン経路が動き出して、C3とC5が活性型のC3aとC5aになり、好中球を刺激します(詳しくは → こちら)。


 C3aはまず血小板を刺激し、その血小板が好中球を刺激します。C5aは直接好中球を刺激します。好中球は二重の刺激を受けて活性化し、好中球組織因子(TF)と呼ばれる新たなタンパク質を作り始めます。TFは血液凝固のイニシエーターで、これができ始めるとやがて血栓ができるのです。詳しいメカニズムには不明点も多いのですが、概略を図7に示します(詳しくは → こちら )。



 好中球がTFを作ると、それが切っ掛けとなって、自らの染色体、繊維質、消化酵素などが集積した複雑なマトリックスが出来上がります。これがNET(好中球細胞外トラップ)と呼ばれるもので、NETが大きくなると好中球は破裂して、NETを周囲に放出します。放出されたNETを例えて言うなら「投網」のようなもので、周辺にある血球、血小板、病原体などを絡めとって、消化酵素で分解します。こうして病原体は無毒化して終わります。しかし、もしプレボテラが悪玉化してウイルスの味方をしたら、話はここで終わらないかも知れません。


《血栓形成2》プレボテラのリポ多糖(LPS)が好中球に追い打ち


 プレボテラ菌のようなグラム陰性菌は、細胞外膜の成分としてLPSを持っています(図7右上を参照)。歯周病菌のプレボテラが誤嚥などで気管に入ったり、大腸の日和見菌であるプレボテラが腸壁から侵入したとすると、大なり小なりLPSの毒性が発現します。なかでもプレボテラのLPSは、図6に書いてあるNFκBを刺激して炎症反応を増悪することが知られていますから、そのLPSが好中球を刺激して、NETの集積と放出に更なる追い打ちを掛けると考えられます。その結果、好中球のNET放出に制限が掛からなくなってしまいます(詳しくは → こちら )。


 細菌やウイルスを捕獲するために必要なNETですが、好中球からの放出量が多過ぎると、血栓症が肥大化します。すると、血液中の凝固因子が更に集まって、マクロファージは泡沫化して大量のサイトカインを放出し、炎症反応は最大限に達し、無数に生じる血栓断片が全身の臓器に飛び散って、毛細管に詰まります。するとあっという間に臓器機能が失われ、肺ならば呼吸窮迫症候群を起こすなど、集中治療なしには生きられない状態になると考えられます。


 さて、過剰なNET放出が起こると、これを鎮静化することは非常に困難と思われます。ですから、COVID-19の重症化を防ぐには「予防に勝る手立てはない」とするのが現実的です。例えば、母乳に含まれているラクトフェリンが、LPSを無毒化することが解っていて、このことが新生児や乳幼児を新型コロナ感染から守っているとも言われているのです(詳しくは → こちら)。


《血栓形成3》腸内菌代謝物TMA(トリメチルアミン)が作る血栓


 ビフィズス菌や乳酸菌といった善玉菌ではなく、むしろ腸内細菌全体の不適合が血栓形成のリスクを高めることに、専門家が注目しています(詳しくは → こちら )。


 図8をご覧ください。aの化学構造式は赤身肉の成分で、L-カルニチンとコリンです。赤身肉を食べると、ある種の腸内菌が作用してトリメチルアミンTMAに変化します。食べた人がこれを吸収すると、肝臓でTMAOに変わります。ある種の腸内菌とは、TMA産生菌のことで、図右側の枠内に書いた3門37株が知られています。この中にプレボテラ菌はありません。しかし不思議なことが起こります。



 図8のbをご覧ください。日和見菌であるバクテロイド属とプレボテラ属を持っている被験者で、血中のTMAOを比べたグラフです。糞便中にプレボテラ菌の多いエンテロタイプ2型の人は、バクテロイド属の多い1型の人よりも、平均3倍のTMAOを持っているのです。もしかすると、自らはTMAを作らない日和見菌プレボテラが、TMA酸性菌と共存して悪玉化したのかも知れません。


 近年の研究によって、TMAOが血栓形成の原因物質になっていることが明らかになりました(詳しくは → こちら)。そのメカニズムは、TMAOによる血小板の活性化と考えられていて、行き着く先は粥状動脈硬化と血栓塞栓症です。TMAOによる血栓形成が、COVID-19患者のエンテロタイプ2型と重なれば、血栓症の規模が更に大きくなると予想できます。COVID-19患者の重症化が見られるのは、合併症のある患者であって、脳血管疾患、心血管疾患、糖尿病、高血圧など、血栓が出来やすい病気との合併と見ることができます。


【深読み3】予防と治療のターゲットはACE2


 SARS-CoV-2の肺感染の始まりは、気道に入ったウイルスが気道細胞の酵素タンパク質ACE2に結合する瞬間です(図9の左:詳しくは → こちら)。「ACE2は新型ウイルスの受容体」と呼ばれますが、それは「たまたまそうなっている」という話です。ACE2の本来の役割は、図の右半分に書いてある「血圧をコントロールするRAA系」の構成要素の1つなのです。



 RAA系とは、哺乳類が血圧を維持するメカニズムの1つです(詳しくは → こちら )。COVID-19患者のRAA系は、感染が成立すると過剰に働き始めます(図の右側)。するとAT-ⅠやAT-Ⅱなど血圧を高める成分が増え過ぎてしまいます。そこで、過剰になったAT-ⅠやAT-Ⅱを分解するACE2の出番が来るのです。ACE2の量が、AT-ⅠからAT-Ⅱを作る合成酵素ACEの量に見合っていることが大切です(後述)。そのACE2がどうしてSARS-CoV-2の受容体になるのか、今のところ「偶然の成り行き」としか言いようがありません。


 次に図の左側です。SARS-CoV-2がACE2に結合すると、そのまま細胞に飲み込まれます。こうしてウイルスの感染は成立しますが、ACE2はなくなってしまいます。つまり、血圧を制御する酵素が無くなることで、AT-Ⅱが増えて血圧が高まります。その結果、血管が収縮して細くなるので、血栓形成にとって有利な条件が整ってしまうのです。重症化の予防にとって大事なことは、感染で減るACE2を新たに補給することです。


●予防と治療におけるACE/ACE2比の意義


 COVID-19の治療で、RAA系のバランスが議論され、重症化を防ぐための提案が発表されました(詳しくは → こちら )。図10を見てください。天秤の左皿に血圧を上げる酵素ACEとその産物AT-Ⅱ、右皿には血圧を下げるACE2とその産物Ang1-7が乗っています。そして天秤が右下がりになっているとき、患者の症状は安定しているのです。もし天秤が逆に傾くと患者の血栓症は増悪し、人工呼吸器が必要になり、死亡リスクが高まります。別途に、ACE2が多ければ、図6に書いてあるNFκBを抑制して、炎症を予防することも知られています(詳しくは → こちら )。



 ここで1つ誤解しないようにお願いします。図9と10で、新型コロナウイルスの受容体ACE2が増えるほど重症化しない・・・という説明は矛盾しているように思えます。その疑問に対して、「ACE2が多くて感染し易いはずの人でも、血管が柔軟で血圧が安定していれば重症化しない」という説明があります。これは子供が重症化し難い理由にもなっています。もう1つの説明は、重症化しにくい東アジア人とその他の地域の患者ゲノム解析を比べると、東アジア人のACE2遺伝子は、発現量が多くなるような変異特性を持っているというデータです。つまり、ゲノム解析結果は、ACE2が多いほど重症化を免れるというのです(詳しくは → こちら )。さらにACE2には、もう1つ全く別の形が注目されています。


●膜から離れて血中に溶け出すとデコイに変身


  図9に描かれているように、通常ACE2は膜に結合しています。そのためSARS-CoV-2の受容体として感染を引き起こします。もしACE2を膜から剥がしたら、コロナと結合しても感染できない・・・そう考えた研究者が遺伝子工学の手法でヒト型組み換え可溶性ACE2(hrsACE2:単にsACE2と書く)を作ったのです(詳しくは → こちら)。今回のパンデミックでの臨床試験結果は未だですが、かつてインフルエンザなどの急性呼吸窮迫症候群(ARDS)での有効性が確かめられています。


 図11は、子供に多いsACE2が膜から剥がれて血中に溶け出すときの様子です。子供はSARS-CoV-2に感染しにくいことに注目して、子供の血液を精査したところ、高齢者より高い濃度のsACE2が検出されました(第416話を参照)(もっと詳しくは → こちら )。治療薬としてのsACE2を投与しなくても、子供たちは自分自身のsACE2を多く持つことで、COVID-19の重症化を防いでいるのです。



 子供の血液中にsACE2が多い理由は、膜に結合しているACE2を、膜から剥がす酵素ADAM17があるからです。子供のADAM17の活性は強くて、大量のsACE2を作るのですが、大人はそうは行きません。血液中にsACE2が多ければ、SARS-CoV-2はそれを受容体と勘違いして結合します(図11の右上)。sACE2はウイルスをだますデコイ(疑似餌)の役目を果たすのです。そしてウイルスとsACE2の複合体はマクロファージなどの食細胞に食べられて、感染することはありません。免疫細胞が作る本物の抗体とは分子の形が違いますが、sACE2は元祖抗体のようなもので、ウイルス排除にとって非常に有力なタンパク質なのです。


 話は少しずれますが、図11の膜ACE2と並んで赤色で描いたタンパク質があります。この赤色タンパク質は、ウイルスのスパイクタンパク質を切断して、膜ACE2に結合しやすくしています。この赤いタンパク質が無ければウイルスの感染は起こりません。しかし、男性の場合、男性ホルモンがこの切断酵素を活性化して、感染を後押ししています。逆に女性ホルモンはこれを抑制するので、女性のほうが感染しにくいということなのです。sACE2が十分に多くあれば、赤色タンパク質も、男性女性ホルモンも、感染とは無関係になるはずです。


【深読み4】sACE2を増やす方法


 第416話で紹介したElisa Song医師は、「知識が力になる」と訴えて、子供をパンデミックから護る活動をしています。彼女が勧めているsACE2を増やす方法は、子供でも理解できる知識なので、感染予防に役立っていると思います。しかしここで大事なことは、彼女のお勧めは子供のためだけではないということです。働き盛りの大人にとっても、重症化が気になるお年寄りにとっても、大いに役立つはずなのです。


 そこで筆者は、彼女の5項目に、次の2つのカテゴリーを加えて、予防効果のアップを試みます。


1.実際に重症患者の治療に使われている食物成分


2.メカニズムに基づいて複数の論文が臨床応用を勧めている食物成分


 すると、新たに加わるのは、1ではビタミンCとミネラル亜鉛、2ではコーヒーの成分が想像以上に多く含まれています。まとめると表2のようになりました。コーヒーを加える根拠の1つは、「インフルエンザウイルスを含めて、コーヒーには抗ウイルス作用がある」ことです(詳しくは → こちら)。



 表2の1~3は生活習慣、4以降は食物成分で、それらを含む食べ物が書いてあります。


 この表の、出来れば全ての項目を毎日実行して、大人の血液が子供のように、ウイルスを寄せつけない性質をもったら、そんな素晴らしいことはありません。Elisa Song医師が言うように、「知識は力」は本当です。


 では最後に、もう1度図9をご覧ください。血圧を下げる酵素ACE2が、よりによってパンデミックウイルスの受容体になるなんて、神様だけが知っていた不思議でしょうが、子供の血の中に解決のヒントがあることに、神様は気づいていたのでしょうか・・・山中先生にも、ファクターXの答えを見ていただきたいと思います。


【ファクターX】


 ファクターXに科学的な答えを書くとしたら、それは「日本のお米」です。その根拠を本文の図に照らして示します。


●ファクターXの候補を「日本のお米」とする根拠


 根拠1.COVID-19では患者とプレボテラ菌のタンパク質が相互作用している(図6)。


 根拠2.プレボテラ菌のLPSは好中球にNETを放出させて血栓症を起こす(図7)。


 根拠3.糞便中プレボテラ菌数と血中TMAO濃度が正に相関している(図8)。


 根拠4.ジャポニカ米を毎日食べているとプレボテラ菌数が減る(図4)。


 根拠5.ジャポニカ米の生産地は東アジアに限定されている(図5)。


 まとめ ジャポニカ米は、プレボテラ菌による血栓形成のリスクを下げて、COVID-19の重症化を予防し、死亡リスクを軽減している。


●尚、ジャポニカ米に感染を予防する効果はないと考えられるが、ACE2を増やす食物成分を積極的に摂取することで予防効果の向上を期待できる(表2)。なかでもコーヒー成分の寄与が大きいので、コーヒーの感染予防効果がジャポニカ米の重症化予防効果をサポートすると考えられます。


【補遺】


《その1》IgAの自然免疫


 IgAは誰でも生まれつき持っている免疫グロブリンの1種で、俗に「粘膜免疫」と呼ばれる感染予防の主役です(詳しくは → こちら)。IgA産生に役立つ必須栄養素は「ビタミンAと亜鉛」。ビタミンAは発見当時、インフルエンザの予防のために処方されていたそうです。亜鉛はCOVID-19の重症化を予防するACE2の産生にも必要です(詳しくは → こちら )。


《その2》SARS-CoV-2の主要タンパク質分解酵素Mproとナイアシン


 このウイルスは、感染直後からMproを使って増殖します。もしMproに結合する小分子が見つかれば、抗ウイルス薬になると考えられています。そのため武漢の研究所は一早くMproの構造を公開しました(詳しくは → こちら)。また、日本の理化学研究所は、Mproのナノ秒単位の分子振動を画像化しました(詳しくは → こちら )。Mproに結合する最も小さな分子は深煎コーヒーに多いナイアシンです(詳しくは → こちら )。


《その3》コーヒーによるNFκBの抑制


 コーヒーのポリフェノールは、リポ多糖LPSで誘導されるNFκB高値を抑制して、炎症を予防する(詳しくは →  こちら )。

(第418話 完)

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