シリーズ『くすりになったコーヒー』



 今世紀が始まって間もない2002年、ランセット誌で始まったファン・ダム博士の「コーヒーと糖尿病の疫学研究」が、今年2月のニューイングランド誌で一応の終止符を打ちました。両誌とも臨床医学の世界的なトップ・ジャーナルですから、ファン・ダム博士のライフワークとして歴史に残ると思います。


 思えば2002年のランセット誌(詳しくは → こちら)。は、筆者にとって衝撃的なものでした。同じく、当時虎の門病院にいた野田光彦先生もびっくり仰天したそうで、後に共著で「コーヒーの医学(日本評論社)」を書いた思い出があります。ファン・ダム先生の論文がなかったら、こんな本もなかったはずで、心の中で感謝している次第です。


 筆者にとってファン・ダム博士の最大の影響は「珈琲一杯の薬理学(医薬経済社)」を世に出したことです。そのまた影響が筆者のその後の人生を変えてくれました。定年後は町の薬屋で調剤に明け暮れると覚悟していたのですが、この本のお蔭で日本コーヒー文化学会に誘われて会員になりました。当時はまだ「コーヒーの薬理学」が一般には知られていなかったので、コーヒーを楽しむ会などを通じて、「コーヒーと健康」の題目で啓蒙講演を続けてきたというわけです。北海道から九州まで、各地にファンができました。


 今やコーヒーの薬理学は、毎日のFacebookを通じて日本語で発信されています。コーヒーの効き目は信じがたいほど広く深くものなので、まさかと思うような病気に対しても、研究者が取り組みさえすれば、予防や治療の可能性が見えてくるのです。ですから毎日MedLineに収録される数多の論文の中に「コーヒーの論文が無い日は無い」と言えるのです。


 ではファン・ダム博士が発表した「珈琲疫学のまとめ」について紹介します。論文の表題は極めて簡略で、“Coffee, Caffeine, and Health”です。ファン・ダム博士は、コーヒーの関与成分はカフェイン以外にも数多いことを百も承知なのですが、あえてカフェインだけを表題に書いたのは、カフェインのインパクトの強さなのです。カフェインという名前は、コーヒーに含まれるアルカロイドを意味しています。コーヒーと言えばカフェイン、カフェインと言えばコーヒーでもあるのです。もちろんこれは非科学的な解釈ですが、そうとしか思われていなかった時代に研究を始めたファン・ダム博士、最後の論文の表題になくてはならないカフェインなのです(詳しくは → こちら )。


 この論文の絵を日本語に訳して引用します。これを見るとコーヒーが作用する臓器は体中に広がっていることが解ります。たった1つの飲み物が、これほど幅広い薬理作用を持つなどと、最初は誰も思わなかったことです。ファン・ダム博士の疫学研究が一段落したとはいえ、例えばこのブログでも紹介した新型コロナウイルスとの関係などは、この絵の中には見られません。疫学研究を踏まえて、薬理学はまだまだこれからの世界なのです。



 絵の中にある臓器ごとのキャプションは、肝臓でたったの2行、でも脳では9行も書いてあります。肝臓にも書けばそれくらいは書けるのですが、何故でしょうか?筆者の想像では、コーヒーは肝臓病に一番効くし、予防効果は薬も遠く及ばない、だからそれよりも、これから調べなければならない脳への効き目に注目しよう・・・とファン・ダム博士は思っているのです。筆者はたった一度だけ、それも講演会の会場でお会いしただけですが、講演を聞いた感想は「とても優しい夢を見るような話し方」だったのです。その子供のような夢がこの絵に表現されているのです。


 尚、本文には、1日のカフェイン量の上限は400㎎まで、妊婦は200㎎までと、国際基準より低めの数値を推奨しています。コーヒーで病気を予防しようというのではなく、「コーヒーは健康なライフスタイルの一部」と考えるべきとも書いてありした。コーヒーはあくまでも嗜好飲料で薬ではないと念を押しているようです。

                                                                           (第420話 完)



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