シリーズ『くすりになったコーヒー』



 第419話によれば、東アジア人がCOVID-19に感染しても重症化しない理由は、アンジオテンシン変換酵素の生理学的な特性にありそうです。つまり、1型が2型より少ないことが求められるのです(式1)。


         

 ACE1は悪玉で、血中にあるアンジオテンシン1(AT1)を分解してAT2を作ります。AT2は血圧を上げる作用を持っています。そのAT2が多過ぎるときは、善玉のACE2が働いて減らしてくれます。つまりACE2は、ACE1が高める血圧を下げて、正常血圧を保つ役割を果たしています。高血圧は血管を傷つけて血栓形成を促進するので、COVID-19(新型コロナ感染症)が重症化しやすくなって、死亡リスクが高まると考えられているのです。


 ACE1を少なくして、ACE2を増やす生活習慣を実践すれば、その差が更に大きくなります。そうなれば新型コロナに感染しても重症化せず、後遺症に悩まされることもなくなるはずなのです。日本人(東アジア人)はこの差(式1の差)が大きくなる遺伝子変異型を持っているので、加えて生活習慣を実践すれば、それに勝る予防法はありません。今回は、式1の差を大きくするコーヒーの関与成分について解説します。


●カフェイン


 実験動物ラットに、血圧を高めるL-NAMEを20日間投与していると血圧が上がり、同時にACE1活性が上昇しました(図1左側の棒グラフ2本。詳しくは → こちら)。L-NAMEと降圧薬リシノプリルを併用投与すれば、血圧の変化は見られません(図2左から3本目)。次に、L-NAMEとカフェインを併用したところ、血圧の上昇は半分程度に抑制されました(図2左から4本目)。カフェインの代わりにカフェ酸を併用した場合にも似た結果になりました(その右の2本)。ところが、カフェインとカフェ酸を共に併用すると、L-NAMEの昇圧作用はほぼ完全になくなったのです(図2右から4と5本目)。最後に、L-NAMEなしでカフェインを投与すると、若干の血圧上昇と、ACE1の増加が確認されました(右から3本目)。一方、カフェ酸に血圧上昇はありませんでした(右端)。


 疫学研究では、高血圧患者がカフェインまたはコーヒーを飲んだ時の降圧作用が調べられたことはありません。逆に正常血圧の人がコーヒーを飲むと若干の血圧上昇が見られます。L-NAMEを使った図2の実験で筆者が感じたことは、「カフェイン(またはカフェ酸)はL-NAMEで高まった血圧を下げた」のか、それとも「カフェイン(またはカフェ酸)は、L-NAMEが血圧を高める作用を抑えた」のか、どっちなのか・・・ということです。こういう理由は兎も角として、新型コロナ感染患者では、感染と同時にアンジオテンシン系の活性が高まっているので、図1のL-NAMEの実験と同じように、コーヒー成分がACE1活性を下げる可能性が考えられます。これを確かめるコーヒーの実験はまだありません。



●クロロゲン酸


 図1の実験の昇圧物質L-NAMEをシクロスポリンに置き換えた実験で、クロロゲン酸とカフェ酸のACE1抑制作用が調べられました(詳しくは → こちら )。更に、クロロゲン酸がTNFαで高まった血中ACE1を抑制して、血管内皮細胞の機能を改善するとの論文も出ています(図2を参照:詳しくは → こちら)。



 クロロゲン酸はポリフェノールに分類されるコーヒー成分で、消化管でカフェ酸とフェルラ酸に分解されてから吸収されます。カフェ酸もフェルラ酸もポリフェノールに属しています。一般にポリフェノールには抗ウイルス作用が知られていて、コロナウイルスに対しても弱いながらも抗ウイルス作用を示すものがあります。植物ごとに異なるポリフェノールの種類によって、個々の成分のメカニズムは多種多様です(詳しくは → こちら )。


●カフェ酸


 上記したカフェインとクロロゲン酸の項に書いた他にも、カフェ酸がACE1を抑制するとの論文が複数出ています。1つは、カフェ酸が鉄イオンで引き起こされた心機能障害を、ACE1を下げることで改善するとの内容です(詳しくは → こちら )。別途に、カフェ酸をモデルとして、アンジオテンシン系に作用する20種類の化合物を用意して、その降圧効果を比較した論文もあります(詳しくは → こちら)。


 コーヒーに含まれているカフェ酸の量は僅かですが、コーヒーを飲むとクロロゲン酸からカフェ酸が出来てきます。事項に書くフェルラ酸も同じように、コーヒーを飲むと体内でできるポリフェノールの仲間です。


●フェルラ酸


 ラットにフェルラ酸を単独投与すると、血圧低下とともに、血中ACE1活性が18%ほど低下します(図3を参照: 詳しくは → こちら )。投与量は9.5㎎/kgで、これを体重70kgのヒトに換算すると、1日665㎎となります。1日に飲むコーヒーの中にこれほど多いフェルラ酸は入っていませんが、元はクロロゲン酸ですから、浅く煎ったコーヒーの飲み方を工夫すれば、ポリフェノールを全部合わせての量と考えれば、摂れない量ではありません。



 コーヒー豆を焙煎すると、クロロゲン酸は分解して、ピロカテコールという小さなポリフェノールに変化します。この成分には抗炎症作用が知られていていますが、ACE1に関連した実験はまだありません。


●トリゴネリン


 トリゴネリンは抗炎症性の成分ですが、抗炎症性の核転写因子Nrf2を抑制します。このような薬理学はパラドックスのようにも思われますが、それがトリゴネリンの特性で、Nrf2を抑制する作用が、結果としてACE2を増やすことに繋がったと考えられます(詳しくは → こちら)。


 一方、別の実験で、糖尿病ラットにトリゴネリン(100 mg/kg)を投与すると、ACE1の血中濃度が低下することが確認されました(詳しくは → こちら )。この実験でのトリゴネリン投与量は100 mg/kgという1点だけなので、ヒトでも有効な投与量を予測することは残念ながらできません。


●まとめ


 以上のデータを表1にまとめます。



 この他にもナイアシン(ニコチン酸)がありますが、コーヒーに含まれている量では動物実験のデータをヒトでは再現できません。そのためこの表には書きませんでした。しかし、ニコチン酸には別メカニズムで新型コロナに対する抗ウイルス作用があるとのことなので、回を改めて紹介します。この表に書いてある成分は、6番を除けばコーヒーを1日3杯までとして目的を達成できると考えられるものです。


 ファクターXを好ましい数値に改善するに、コーヒー以外の生活習慣が色々あります(第419話を参照)が、コーヒーだけでも意味のある数値改善が期待できることを理解して、実践しましょう。コーヒーが苦手な人にとっては、自分に合う美味しいコーヒーを探すことも一案です。知識は力になるのです。

(第421話 完)



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