シリーズ『くすりになったコーヒー』
疫学研究では「毎日コーヒーを飲んでいると寿命が延びる」となっています。今世紀はじめには「赤ワインのレスベラトロールが長寿遺伝子Sirt1を活性化する」と騒がれました。「細胞を若返らせるオートファジー」で有名な大隅博士のノーベル賞が切っ掛けで、世界の製薬会社が「寿命を延ばす新薬」の開発に取り組んでいます・・・嘘のような本当の話です(詳しくは → こちら )。
人は何故死ぬのか・・・生物学的な説明に定説はありません。神様がそうしたとしか言いようがないかも知れません。科学では、老化に関係する複数の遺伝子が見つかっています。それらをまとめた総説論文を紹介しましょう(詳しくは → こちら)。
図1をご覧ください。円の内側には、寿命と関連する遺伝子の記号と、いくつかの生命現象が書いてあります。矢印は、寿命を延長する方向に向いています。円の外側には、遺伝子の働きを修飾する生活習慣が書いてあります。コーヒーはすべての働きを矢印の方向に修飾します。つまり、毎日コーヒーを飲んでいると、5つの寿命関連遺伝子が長寿の方向に修飾されて、元気で長生きするのです。
では、長寿関連遺伝子が矢印とは反対になったら何が起こるでしょうか?その答えは「老化」です。人の寿命が個人個人で異なるのは、人それぞれに矢印の向きが違うからです。不健康な環境と食事が原因で、矢印が老化の方向に修飾されている遺伝子があれば、その遺伝子を逆の方向に修飾する・・・それが出来れば「寿命を延ばす新薬」が作れる・・・との考えで、製薬会社が候補物質の探索を急いでいるのです。
ではここで、ごく最近のネイチャー誌から、年を取って劣化した免疫機能を、若い頃の健康な状態に若返らせる戦略を紹介しましょう(詳しくは → こちら )。図2をご覧ください。
やや複雑な図ですが、要点を1つに絞ると、「年を取ると、若いうちに胸腺で育ったT細胞の数が減ってきて、新たにできる幼若T細胞の数も少ない」ということです。そのため次々に侵入してくる病原体との戦いが上手くできなくなっているのです。この論文の筆者は、人の老化の主原因は免疫系の老化にあると考えています。図2の上と下を比べてみるとその差が解ります。高齢者の免疫系では、数少ない免疫細胞が疲れ果てて炎症を起こしている状態にいるのです(図の下右)。この状態を「Inflammageing」と呼んでいますが、日本語はまだありません。
論文著者はさらに続けて、Inflammageingに最も強く関与する寿命遺伝子はmTOR(哺乳類のラパマイシン標的遺伝子“mammalian Target Of Rapamycin”)であると考えています。図1のmTORの矢印が、高齢者では上向きになっているというのです。この矢印の方向を下向きにすれば、健康な免疫系を取り戻して若返る・・・そういう大胆な仮説の証明に挑んでいるのです。今進行中の臨床試験で試されている候補薬物は、2型糖尿病治療薬のメトホルミンだそうです。
●大隅博士のノーベル賞(2016年)に先駆けて、コーヒーを飲むとオートファジーが起こることが解っていた。
2014年の医学誌セル・サイクルに、「コーヒーを飲んでいるとオートファジーが活性化する」との論文が載りました。当時としてはインパクトが高い論文だったため、編集部がコメントをつけて解説しています。「コーヒーは若返りカップ」であるという内容でした(詳しくは → こちら )。
この解説論文の挿絵に、「コーヒーカップをバスタブに見立てて、二人の若い女性がコーヒーを飲んでいる」という風景が描かれていました。有名医学ジャーナルとしては珍事と言っていい挿絵でした。そこで筆者はコーヒーのmTOR阻害成分の名前をカップに書いてみたのです。カフェインもオートファジーを誘導しますが、カップにカフェインがない理由は、デカフェ・コーヒーでもオートファジーが起こるからです。
以上のように、長生き遺伝子とコーヒーの関係は、疫学を超えて分子生理学/薬理学の分野に移ってきました。そしてその裏に「長寿薬を薬にしたい」との製薬会社の思惑も見え隠れしています。何はともあれ、疫学で証明された「コーヒーの寿命延長効果」に更なる飲み方改善の磨きが掛かるか、コーヒーとは別の創薬研究者の夢が実現するか、いよいよ世界の飲み物コーヒーが薬と競争する時代になったのかも知れません。
(第425話 完)
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