シリーズ『くすりになったコーヒー』



●入院した病院で「朝食にコーヒーをつけますか?」と聞かれて、「つけてください」と答えたCOVID-19患者は、「いりません」と答えた患者より早めに退院した(詳しくは → こちら )。


 やっぱり出たかの感のある論文に出会いました。SARS-CoV-2ウイルスが中国の武漢で見つかって、丁度1年が経ちました。もっと早く出ても良さそうではありますが、治療薬やワクチン開発で混乱状態の病院で、「COVID-19患者とコーヒーの関係」など研究する余裕はないと思います。そんな環境でよくぞ論文にしてくれたと感謝しつつ読みました。しかし、



●研究の目的は「コーヒーの効き目を観る」ためではなくて、「パンデミック下での臨床試験では、交絡因子を見落とすリスクがある」ことを、コーヒーの効き目として観ることでした。


 そうは言われても、どうしても合点が行かないことは、「どうしてこんなに回りくどい論文を書いたのだろう?」という疑問です。最初はやはり「コーヒーが効いている」と思ったのではないでしょうか?論文の英文表題「Why Methodology Is Important: Coffee as a Candidate Treatment for COVID-19?」・・・日本語なら「方法論が大切な理由:コーヒーは COVID-19の治療に使えるか?」。論文の結論(表題の?に対する答え)は、「コーヒーがCOVID19に効いたとは言えない」となっているのです。一体どういうことなのでしょうか?


 それでは、筆者が得意とする臨床薬理学の立場で、この論文の筋書きを見直してみます。先ずは患者の層別について・・・臨床試験の鉄則は「無作為割り付け」ですが、この論文では患者が自分の好みで「朝のコーヒーを飲むか飲まないか」を決めたのです。ですからこの研究は臨床試験とは異なる次元の患者観察になっているのです。


●朝食を自分で摂れる入院患者93人中、コーヒーを注文したのは26人(28%)で、注文しなかった67人(72%)の半数以下だった(表1)。


 コーヒーが好きなフランス人としては、注文した人数がやや少ない気がしますが、感染症状が出ていることを考えれば納得です。しかし、臨床試験の層別、無作為割り付けでないことは明らかで、ある意味で研究のルール違反です。それでも医薬品の試験ではないので、仕方ないとは思います。飲まなかった人は、症状が強めでコーヒーを飲みたい気持ちがあっても、飲めなかったということでしょう。とは言え、表1の一般的な比較項目(黒字)に層間有意差(p<0.05)はありませんでした。つまり飲む人と飲まない人で、臨床上の目立った差はなかったのです。しかし、


●入院患者の新しいリスク点数化ツール「全国早期警告スコアNEWS」に差が見つかった(表1の赤字)。


  NEWS(National Early Warning Score)とは、急性疾患患者の院内急変を事前に予測する点数化法で、2012年にイギリスで考案され、2017年に最新版に更新されました(詳しくは → こちら)。


 NEWSでスコア化する患者項目は、呼吸回数、酸素濃度、収縮期血圧、心拍数、意識レベル、体温の6項目で、各々正常ならば0点とし、異常な高値と低値には1~3点をつけて集計するというものです。日本でも救急病棟の評判は良いとのことで、徐々に導入が進んでいるようです。判定基準としては、集計値0~4点が低リスク、5点と6点が中リスク、7点以上が高リスクに分類されます。


 表1の赤字を見れば6点と8点で、中程度リスクと高リスクの境界線上の差が見られたということです。小さな差のようにも見えますが、有意差検定では明確な差として判定されました(p<0.002)。ですから、毎朝のコーヒーを注文した人たちは、注文しなかった人たちに比べて、入院時に軽い症状の人たちだったということになるのです。


 では、入院したCOVID-19患者93名の臨床経過を見てみましょう(図1)。



 図1で判ることは、最も有意差の大きな肺のCT画像に見られる病変は、コーヒー群で有意に小さいことです。この差の一部はコーヒーの影響であるかも知れませんが、入院時のより小さなNEWSスコアによるものと考える方が妥当です。そして赤枠で囲った入院日数が少ないことも、入院当初から状態が良かった患者なので、退院も早かったということで、十分説明可能です。


 以上のように、今回の論文は非常に思わせぶりで興味をそそるものでしたが、よく吟味してみると、「毎朝コーヒーを飲みたい」という患者の気持ちが、最も強く臨床経過の好転と繋がっています。この点に疑う余地はありません。そして、普段からコーヒーを飲んでいることが、日常のNEWSスコアを改善して、病気になってからも早い回復に寄与しただろうとも考えられます。筆者の考えをザックリとまとめてみます。


●コーヒーは医薬品ではありませんが、コーヒーを飲みたいという気持ちが続く間は、元気でいられるという不思議な飲み物である。


 最後に一言追記すると、今回患者が飲んだ朝のコーヒーはカフェインにして65㎎なので、これ1杯では薬理学的には不足です。ちょっと増やして1日3杯にすれば、また違う結果になったかも知れません。患者が飲むコーヒーには飲み方の工夫が必要で、この論文にも「つづき」があるような気がします。

(第427話 完)



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