シリーズ『くすりになったコーヒー』
ミトコンドリア・ミオパチー(MM)とは、ミトコンドリア病の1つで、難病に指定されています。患者数は多くありませんが、ミトコンドリアに異常が生じた珍しい病気ということで、アカデミアからも関心が集まっています。診断には時間が掛かりますが、治療薬はありません。罹ったら対症療法で凌ぐ他はないのです。
●MMでは、骨格筋細胞のミトコンドリアに、補酵素NADが不足して、エネルギー不足になって、筋肉が減り、力も入らない。
NADの不足は、実は骨格筋だけでなく全身の組織で大なり小なり起こっています。その根拠として、MM患者の血中NAD濃度が標準値よりずっと低いからです。血中NADは全身の細胞に由来していますから、骨格筋以外の組織でも不足していて、その影響が骨格筋の状態を更に悪化させていると考えられます。
●ヘルシンキ大学医学部、臨床分子代謝研究部門長のE.Pirinen女史は、MM患者をナイアシン(ニコチン酸)で治療することを考えた。
画期的な話だと思いました。この研究グループが最初に手掛けたのはモデルマウスの治療。マウスは、投与されたニコチン酸に応答して、NAD血中濃度が上昇し、筋肉運動能が改善しました。そこでPirinenはヘルシンキ大学附属病院に限らず、国内各地の病院でMM患者の治療にあたる部門に協力を依頼し、当面5名のMM患者をニコチン酸治療の臨床試験にリクルートし、パイロットスタディーを実施しました(詳しくは → こちら)。
【ニコチン酸の投与経過】ナイアシン(ニコチン酸)の初回投与量は250㎎/日(ビタミンB3として必要量の10倍強)とし、4ヶ月後に750~1000㎎/日(NADを介さない受容体作用で、高脂血症治療量の約半量)となるように漸増した。その間、ナイアシンフラッシュによる脱落者はなかった。血中NAD濃度をモニターし、治療前後には筋肉中濃度も測定した。治療開始時点と4ヶ月後、および10ヶ月後の筋肉中NAD濃度を図1に示します。
治療前のMM患者の筋肉中NAD濃度は、健常者とのオーバーラップはあるものの、統計的有意に低値を示していました。それが4ヶ月の治療によって、健常者の数値との有意差が消滅し、10ヶ月後には5名ともほぼ正常値に回復しました。ニコチン酸投与がNAD増量に奏功したのです。
図2にニコチン酸の作用として観察された生理的変化をまとめます。緑の▲は増加した項目、青の▼は減少した項目です。NADの増加はミトコンドリアの数の増加と相関し、それに伴って筋力と運動機能の回復が見られました。半面、ヘモグロビン量の低下は副作用と思われます。総じてMMのニコチン酸治療は画期的で、100年前に発見されたビタミンB3の重要性が、現代でも通用することを再確認したのです。古くて新しい薬です。
【MM以外のNAD不足が原因の疾患】
近年の研究で、MMの他にもNAD不足が原因と考えられる老化関連疾患が多数指摘されています。MMと同様に、ニコチン酸が奏功する可能性について、論文2編を紹介します。
●血管内皮のNAD不足が、フレイル、ロコモティブシンドローム(通称ロコモ)、筋肉量減少、筋力低下、心血管疾患などの原因になっている(詳しくは → こちら )。
血管内皮のNAD不足は、老年期の様々な病気と関係しています。モデル動物の実験で、月齢とともにNADが減少し、それを補うような前駆体投与を推奨しています。NAD前駆体としては、ニコチンアミドリボシド、ニコチナミドモノヌクレオチド、ナイアシン(ニコチン酸)があり、治療のポイントは老化を遅らせて、健康寿命を延ばすことです。
●動物実験で、天然フラボノイドは、NAD分解を遅らせてアルツハイマー病を改善する(詳しくは → こちら )。
以前から天然フラボノイドは、アルツハイマー病その他の加齢に伴う慢性炎症性疾患の治療薬候補に上がっています。作用機序について諸説ありますが、最近、フラボノイドが、NADを分解してNAD不足を起こす酵素を阻害することが示されました。つまり、フラボノイドがNADレベルを上昇させて、アルツハイマー病の症状を改善する候補薬物になる可能性があるのです。
●最後に、今回紹介した「ナイアシン(ニコチン酸)によるMM治療の成功」が、今後加齢関連疾患に幅広く応用されることを期待したいと思います。特に期待するのは、高齢者のやる気の喪失、運動機能低下などで、これらを持つ高齢者の増加は社会インフラにも大きなネガティブ要素なので、治療薬/予防薬の開発が喫緊の課題だと思います。
(第428話 完)
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