シリーズ『くすりになったコーヒー』



 肺癌の多くはタバコが原因で、罹っても気づかないことが多いと言います。見つかったときは既に転移して治療困難ということもあります。喫煙者の肺胞はタールで真っ黒になっていて、禁煙しても死ぬまで消えることはありません。肺癌は小細胞肺癌と非小細胞肺癌に分類されています(図1:詳しくは → こちら )。



 肺癌の治療は、手術、放射線、薬物療法の3つでしたが、近年になって免疫療法が注目を浴びています(図2:詳しくは → こちら )。



 免疫療法の中でも、近年実用化されつつある「免疫チェックポイント阻害薬(ICI:Immune Checkpoint Inhibitor)」は、日本で開発されたオプジーボに続いて、海外製品も複数誕生しています。その作用メカニズムは図3のようなものです。


 第1に、免疫細胞の1種であるTリンパ球には、本来癌細胞を殺す仕組みが備わっています。ところが癌細胞には、この仕組みを見破って、Tリンパ球を無力化してしまうタンパク質(PD-L1)があるのです。図3では、青色の楕円で描かれています。



 第2に、本来は癌細胞の存在をTリンパ球に知らせる役目を持っている樹状細胞が、PD-L1に騙されるという裏目が出ることがあるのです。樹状細胞が間違って、癌細胞のPD-L1を提示して、Tリンパ球に「これを目印にして癌細胞を殺せ!」と命令しても、そうは問屋が卸さないというわけなのです。


 PD-L1は、癌細胞にあっても、樹状細胞にあっても、Tリンパ球の受容体PD1に結合します。するとTリンパ球は、癌細胞を殺すという本来の役目を忘れてしまうのです。このPD1とPD-L1の接点のことを「免疫チェックポイント」と呼んでいます。まとめると、PD-L1をもった癌細胞は、ヒトの免疫機能のチェックポイントにくっ付いて、Tリンパ球を無力化して、自らの増殖と転移を果たすというわけです。


 そこで、ノーベル賞を受賞した本庶佑先生は考えました。「癌細胞の裏の裏を掻いて、チェックポイントにデコイPD-L1(図のPD1抗体のことで、一般にはICIと呼ばれる薬剤のこと)を結合させれば、Tリンパ球は癌細胞に騙されず、殺すことができるだろう・・・」。こうしてオプジーボが完成し、本庶先生はノーベル賞学者になったのです。


●実際の治療では、ICIに無効な患者も多く、有効でも種々の副作用に悩まされる事例も多い。


 ICI療法は効くときはものすごくよく効きます。しかし、そういう患者は半数に満たないのです。副作用には色々あって、長い間悩まされてしまいます。そのためICIを使う免疫療法をより有効により安全に実施するための方策が求められています。


●今回紹介する論文は、ニボルマブ(ICIの1つ)による治療を受けた11人の患者です。


 11人のうち、12ヶ月の間症状の進行が見られなかった7人(有効症例)と、最初からずっと効果が認められなかった4人(無効症例)について、腸内細菌叢の代謝物をGC/MS法で測定して比較しました。結果を図4に示します(詳しくは → こちら)。



 グラフから明らかに解ることは、プロピオン酸(短鎖脂肪酸の1つ)、リジン(アミノ酸の1つ)、およびニコチン酸(コーヒーの成分と同じもの)が、有効症例で高値だったこと。言い変えると、これらの数値が高いことがICIの有効性に繋がっているのです。更に言い変えれば、ICI療法の効き目は、患者の腸内菌の種類によって異なるということです。


●肺がんの薬物治療に腸内菌が係わっているなんて!


 ICI療法でなくても、ニコチン酸が抗癌薬の効き目に係ることは、これまでにも度々書いてきました。一体どうしてなのか、詳しいことは解っていませんが、一言で言えば「ニコチン酸が生きるためのエネルギーを作るから」ではないでしょうか?エネルギーが無ければ、どんなに立派な生命メカニズムであっても、機能することはできません。


 今、ニコチン酸のパワーを再認識するかのような論文が増えています。


●白人に多い難治性皮膚癌メラノーマでも、腸内菌を移植する治療が成功している。


 そんな論文が、直近のScience誌に載っています。ここでも腸内菌代謝物のニコチン酸が関与していると想像できるのです:Fecal microbiota transplant overcomes resistance to anti-PD-1 therapy in melanoma patients(詳しくは → こちら)。



(第434話 完)



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