シリーズ『くすりになったコーヒー』
●血清コレステロール値を改善する唯一の薬「ナイアシン」には、効き目の原理に基づいて「ナイアシンフラッシュ」が付き纏う。
厚労省食品安全委員会は、米国栄養評議会(CRN)の見解を引用して、「ナイアシンフラッシュは一過性で、病理組織学的変化を伴わないことから、不快要因ではあるが危害要因ではない」としています。しかし、ナイアシンフラッシュとは別に、市販のサプリメントには高投与量と長期投与が原因の副作用リスクが知られています(第437話を参照)。
●高投与量ナイアシンの副作用リスクは徐放型のサプリメントで高い。
上記した食品安全委員会の見解では、徐放型ナイアシンの最小毒性量(安全域上限)は250㎎/日で、非徐放型(500㎎/日)の半量としています。つまり、奇妙なことに、ゆっくり吸収される徐放型の方が危ないというのです(詳しくは → こちら )。
●これとは別に、「徐放型ナイアシンは薬として機能していない」との厳しいデータもある。
一体全体何を根拠にそんなことが言えるのでしょうか?現在市販されている徐放型サプリメントの何がいけないのでしょうか?詳しく見てみましょう。
●徐放型ナイアシンには、イノシトール-ヘキサニコチネート(Inositol型)とワックスマトリックス製剤(WaxMatrix型)がある(図1)。
この図の左側はInositol型の化学構造です。腸の中で成分がゆっくり加水分解されてナイアシンが生じ、それから吸収されるように工夫して開発されたものです。ナイアシンの吸収がゆっくりなので、ナイアシンフラッシュを起こし難いと考えられているのです。右側はWaxMatrix型の電顕写真と、腸内でワックスの崩壊につれて拡散するナイアシンの概念図です。ワックスの崩壊に時間が掛かれば、その分ナイアシンの吸収も遅れると期待されているのです。
次に図2は、現在米国で市販されている徐放型ナイアシン商品です。左側の4つはInositol型のサプリメントで、日本でもネット購入が可能です。1カプセルの容量は、100~500㎎となっていて、1日量は医師に相談して決めるように書かれています。図2下段の商品は明治製菓製のサプリメント「ネオワカサEV」で、成分中にInositol型ナイアシンが1日量として100㎎入っています。
図2の右側の1つはWaxMatrix型です。ワックス素材の中にナイアシンの微細な結晶が閉じ込めてあるのです。これを飲むと消化管内でワックスが徐々に崩壊して、ナイアシンが少しずつ溶け出してくるという仕組みですが、溶け出る速度を調節することが困難だそうです。
では次に、2つの徐放型製剤が、どちらも未完成で、目的に叶う徐放機能を発揮しないという話です。米国ミネソタ大学のJM Keeman教授(図3の写真)は、2018年に書いた総説論文で、これら2つの徐放型ナイアシンの吸収速度に大きな差があることを指摘しました(図3のグラフ:詳しくは → こちら )。図3の薬物速度論とは、薬を飲むとその成分が吸収されて血液中を流れますが、その時の血中濃度を測定して、薬の効き目との関係を調べる技術です。実際に薬が効く場所は、臓器や組織や細胞の中なのですが、そこでの濃度を測定することは出来ないので、簡単に採決できる血液を使って測定するということです。
グラフを見ながら読んでください。Inositol型(青い線)は腸内加水分解を経て極めてゆっくり吸収されるとは言え、WaxMatrix型(緑の線)に比べて、薬がほとんど吸収されていないことが解ります。専門用語で言えば、Inositol型の生物利用率が小さ過ぎるのです。これでは徐放型を通り過ぎて、非溶出型になってしまい、効き目が出るはずがありません。
では、WaxMatrix型はどうでしょうか?このグラフからは、普通のビタミン剤を飲んだ時と同じように、飲んで30分後には吸収されて最高値に達し、その後は速やかに排泄されて減って行きます。その後300分辺りに小さな山がありますが、これが徐放型ナイアシンが吸収されたピークに見えます。つまり、現在売られているWaxMatrix型は、ほんの1部だけが徐放型で、その他大部分は非徐放型を飲んだ時と同じです。ナイアシンの効き目は出ますが、ナイアシンフラッシュも出てしまいます。これでは商品化しても、すぐに欠点がバレてしまいます。
●JM Keenan教授の研究によれば、現在市販されている2つのナイアシン徐放型製剤は、どちらも未完成である。
現在の米国市場をAmazon商品で見てみますと、徐放型ナイアシン商品はInositol型が主流で、WaxMatrix型は、かつて売られていましたが、現在は販売中止になっています。恐らく、徐放型製剤の欠陥が明らかで、購買者にフラッシュが頻発したため、回収されたのだと想像できます。一方、Inositol型は全く吸収されないので、効き目も出ないし、フラッシュも出ないということで、苦情こそ出ないものの、消費者が満足することはありません。それでも消費者は「自分は効かない体質なんだ・・・」などと納得して、諦めてしまうか、中には「もっと飲めば効くのではないか」と考えて、原因不明の副作用に見舞われてしまうのです。
●Inositol型ナイアシンに副作用の警告
「薬の適正使用協議会」をご存知ですか?一般消費者の役に立つ薬情報をホームページとFacebookで流しています(詳しくは → こちら )。米国には“Drugs.com”という団体があって、薬とサプリメントの安全性情報を提供しています。そこで今回は「徐放型ナイアシン」についての解説を覗いてみました(詳しくは → こちら)。
●徐放型ナイアシンの「警告と注意」は下記の通り。
例え稀であるとは言え、徐放型ナイアシンを飲んだ人に、時には死に至る障害作用が見られます。次のような徴候や症状に気がついたときはリスクが高いので、迷わず医師に相談するか、または受診することをお勧めします。
・発疹などアレルギー反応の兆候;蕁麻疹、痒み、皮膚の赤み、腫れ、水疱、剥離など;呼吸の喘鳴、胸や喉の圧迫感;息づかい、嚥下、または会話の変調;異常なしゃがれ声など。
・錯乱、眠気、喉の渇き、空腹感、頻尿、潮紅、速い呼吸、果物のような呼気の匂いなどは高血糖の兆候である。
・暗色尿、疲労感、お腹が空かない、胃痛、吐き気、明るい色の便、嘔吐、皮膚や目が黄色くなるなど、肝臓の問題の兆候。
・筋肉痛または脱力感。
・胸の痛みや圧迫感
・めまいや失神
・呼吸困難
・多汗
●最後に、フラッシュフリーの徐放型ナイアシンを、尿薬物検査前の解毒薬に使う事例が増えている(詳しくは → こちら )。
CDC(米国疾病予防管理センター)という機関名が、COVID-19のTV報道で、日本でも知られるようになりました。複雑怪奇な医薬情報を解説する記事が多いですが、信頼性が高いので覗いてみるのも一考です。日本のネットに、COVID-19関連のCDC論文を日本語に翻訳したサイトもあります(詳しくは → こちら )。
さて、CDC報告書によれば、2006年、コロラド州デンバーのロッキーマウンテン毒薬センター(RMPDC)が、コロラド州、ハワイ州、アイダホ州、モンタナ州、ネバダ州南部(総人口は約1千万人)圏内で、ナイアシン暴露の報告事例を検索し解析しました。
報告された事例18人のうち、ナイアシンを薬物検査のために飲んだと答えたのは8人で、服用量は1日に1~8gという大量でした。他の8名は、検査とは無関係に自分の体をデトックスするために、1日0.4~5gを飲んでいたと答えました。残りの2人はダイエット目的の服用でした。
●「ナイアシンを大量に服用すれば尿薬物検査をパスできる」とのインターネット情報に医学的根拠はありません。
しかし驚いたことに、インターネットで容易にアクセスできる情報として、「マリファナの主成分テトラヒドラカンナビノール(THC)の検出を防ぐ方法」にナイアシンがリストアップされています。検索エンジンを使って「ナイアシン」と「マリファナ」で検索すると、当時でも数万件の記事がヒットしました。それから15年が経った現在(2021年)、「niacin」と「marijuana」で検索すると、当時の100倍の200万件がヒットします(図4を参照)。
●ナイアシン大量投与で薬物検査をパスできるという理由の間違った説明
『マリファナの主成分THCは脂溶性なので、体脂肪に溶けて体内に蓄積し、それが少しずつ尿に出てくる。ナイアシンを大量に投与すると、中性脂肪が減少するので、溶けているTHCも排泄されて減ってくる。検査の数日前に飲んでおけば、検査時の尿からは検出されない。』
この説明を読んだ人の中には、何も疑わずに効果を信じてしまう人が居るのです。しかし、薬物検査の直前に大量のナイアシン錠剤を服用することは、まったく危険なことです。デトックス効果についても、あるとしても長い期間を要する効き目ですから、専門医師の指導の下で行われるべきなのです。
●肝に銘じておくべきは、最近になっても脱法的事故事例は発生し続けていることです(詳しくは → こちら )。
(第438話 完)
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