シリーズ『くすりになったコーヒー』


 前回、SARS-CoV-2感染の特効薬が出来るとしたら、それは「ウイルスの主要タンパク質MPROの活性部位(キッチンボウルのような窪み)に居座って、酵素作用を阻害する分子だろう」と書きました。そしてニコチン酸は穴の片隅に入る最も小さな分子、NADまたはNADHは穴とほぼ等しい大きさの分子です。穴に嵌まり込んだ阻害分子は、その場でMPROとの間に分子引力が働いて、直ぐには離れないようになっています。逆に直ぐ離れてしまう分子は阻害薬にはなりません。


●分子ドッキングデザインとは、MPROの穴と小分子の間に働く引力の強さを、スパコン「富岳」で計算して、両者の結合力をシミュレートする創薬技術のこと(詳しくは → こちら )。


 この方法で開発途上にある強力なウイルス阻害薬候補が数十個はありそうですが、臨床試験に最も近づいているのは、抗HIV薬のネルフィナビル(一般名:ビラセプト)。試験対象は「無症状~軽症のCOVID-19患者」となっています(詳しくは → こちら )。


●コーヒーにはMPRO阻害薬の候補分子が4つもある。


 筆者が文献検索した範囲内の話ですが、コーヒーに含まれているSARS-CoV-2阻害分子(成分)は図1に書いた4つです。内カフェインとMPROが結合した状態をドッキングデータに準じて描いてみました。5つ目のNADは、ナイアシンから体内でできる成分なので、NADそのものはコーヒーに入っていません。そしてこれら5つの成分がMPROに結合すると、酵素の働きが弱まるか、無くなってしまいます。そうしてウイルスは増えることが出来ず、やがて免疫細胞に食べられて、感染の終了です。



 次にカフェ酸とフェルラ酸は、コーヒーのクロロゲン酸から体内でできる成分です。ですからクロロゲン酸を多く含む浅煎コーヒーを飲めば、体内量も多くなります。一方、ナイアシンは深煎コーヒーに多い成分です。従って、4つとも摂ろうとするならば、筆者が開発して医薬経済社が販売している「希太郎ブレンド」が最適ということになります(ブレンドの詳細は第400~403話を参照してください)。


 さて図1は、活性部位の穴にカフェインを結合したMPROです。MPROの表面には特殊な窪みの穴が1つあって、その穴にカフェインのような阻害物質が結合すると酵素活性が弱まります。穴の縁にはアミノ酸のヒスチジン、システイン、グルタミン酸の3つが露出していて、その内ヒスチジンとシステインが「鋏の刃」の役割を担っています。その鋏が酵素作用を発揮して、ウイルスの増殖に必要な新たなタンパク質を切り出すのです。3つのアミノ酸が作る三角形が穴の縁取りになっています。カフェインが穴に入ると、鋏の邪魔をして酵素作用が弱まります。また、穴が完全に塞がれば、酵素作用はほぼ完全になくなります。図2に、穴を(鋏つき)キッチンボウルに見立てた絵を描いてみました。



 カフェイン以外の3成分も、カフェインの近くに結合して、4つを合わせると、穴の大半がコーヒー成分で埋まることになりますが、本当にそうなっているかどうかは今は未だ仮説の段階です。そうなるかも知れないことを示唆する別のドッキングデータを図3に引用してみます(詳しくは → こちら )。



 この図はMPROの活性部位に同時に結合する3つの小分子を表わしています。青色はプロポリスのカフェ酸フェネチルエステル。緑はインドに伝わるアーユルベーダの成分、赤はドッキングデザインで最初に見つかった阻害薬です。活性部位の面積が小分子に比べてずっと広いので、異なる2つ以上の小分子を同時に結合させたらどうなるか・・・との構想です。活性部位で小分子が占める面積が広くなれば、酵素阻害力も強くなるとの実証実験はまだほとんどありません。しかし、分子薬理学では納得できるありそうな考え方です。ですから、コーヒーの4成分、または3成分、あるいは2成分だけであっても、同時にMPROに結合すれば、相加~相乗効果となって、薬理作用の増強につながるかも知れないのです。


●コーヒー成分の結合部位について


 MPROとカフェインの結合は図1と図2の如くですが、他の成分については詳細データの発表がないので正確には解りません。まずカフェ酸は、図2の青色で示すカフェ酸フェネチルエステルのカフェ酸部分(左上)だろうと想像できます。カフェ酸とフェルラ酸はよく似た構造なので、フェルラ酸についてもほぼ同じと思われます。次にニコチン酸については、下に書くNADのデータから想像して、カフェインよりヒスチジンに近づいた位置と思われます(詳しくは → こちら )。

 最後に、NADとその還元型であるNADHの分子ドッキングデータです(詳しくは → こちら )。これらの分子は他の4つより大きく、活性部位の窪み全体を覆っています。図4の左はMPRO分子模型、右はNADとアミノ酸の間に働く引力を示しています。引力が十分に強ければ、酵素活性の阻害効果も最大値に近いと考えられます。しかし残念ながら、ウイルスを使った実証実験はまだありません。



●NADは、ウイルスに対する自然免疫力を強めて感染を防御する。


 NADはMPROを阻害するだけでなく、自然免疫力を強める働きを持っています(詳しくは → こちら)。論文の内容を簡単に紹介すると、「COVID-19ではNADのデ・ノボ経路が抑制されているので、サルベージ経路を経て前駆体を補給する必要があり、そうしてNADを増やすことが出来れば、弱まった自然免疫力を回復できる」というものです。論文では、少人数のヒト試験でこの仮説を確認したとのことです。となりますと、新型コロナに感染したら、VB3として、ニコチン酸だけでなく、ニコチン酸アミドも合わせて摂る必要がありそうです(回を改めて詳しく紹介します)。


●コーヒー以外のMPRO阻害成分

 実に多くの論文が出ているので、ここでは主な食品成分と、身近な医薬品について紹介します。


【コーヒー以外の食品成分】

・牛豚肉のニコチン酸アミド(VB3)(詳しくは → こちら )体内でNADになってから作用する。

・ウコンのクルクミン(詳しくは → こちら )クルクミンはMPRO活性部位のシステインと共有結合を作るので、強いウイルス抑制効果が認められたと書いてありますが、濃度―活性相関は不明です。

・緑茶のエピガロカテキンガレート(詳しくは → こちら


【身近な医薬品】

・ネルフィナビル HIV治療薬 治験被験者募集中(詳しくは → こちら

 HIVの薬なので、生活習慣病の薬ほどには身近でありませんが、長崎大学が中心になって治験準備が進められています。

・オメプラゾール(詳しくは → こちら

・エメダスチン(詳しくは → 同上)

 最後に、オメプラゾールとエメダスチンの抗ウイルス効果の実験データを引用します(図5)。図5の実験は、MPROと薬剤分子を溶かした溶液の酵素活性を測定し、薬剤濃度と酵素抑制率の関係をグラフにしたものです。どちらも濃度を高めると酵素活性が弱まります。棒グラフをよく見ると、両薬剤を併用した場合に、効果が相加的(足し算)になっています。



●まとめ

 キッチンボウルのようなMPRO活性部位の凹みに吸着する成分は、抗ウイルス薬の可能性が高い。コーヒーの4成分は、浅煎または深煎コーヒーに入っているから、「希太郎ブレンド」を飲めば容易に補給できる。「希太郎ブレンド」は、いわば新型コロナ用に作られたカクテルコーヒーのようなものなのです。



 オメプラゾールとエメダスチンは、花粉症や胃炎のようなよくある症状に処方される比較的安全な薬です。一般用医薬品は未承認ですが、「一般用医薬品として第②類に相当する」との意見があります。コーヒーだけでなく、安全なMPRO阻害薬が市販されれば、新型コロナの在宅療養者にとっては、大きな福音となること間違いありません。

(第442話 完)