シリーズ『くすりになったコーヒー』
2型糖尿病(2DM)の比較的新しい治療薬にナトリウム/グルコース共輸送体阻害薬2(SGLT2)があります。腎臓で一旦尿にろ過されたグルコースは、近位尿細管にあるSGLT2を通って血中に戻る(再吸収される)のですが、高血糖を示す2DMでは、再吸収を阻害すれば、グルコースは尿に排泄されて、結果として血糖値が下がるという薬です。しかし2014年に市販されて間もなく、高血糖のためにケトアシドーシスを起こす患者が報告されるようになりました。重症化すると敗血症を起こすことも報告され、そのため障害性の副作用として、添付文書に記載して、注意を喚起することになったのです(表1)。
●腎尿細管に過剰のNRF2が発現していると、SGLT2も過剰に発現し、グルコース再吸収が亢進して高血糖になる(詳しくは → こちら )。
モントリオール大学の研究者らは、腎臓の近位尿細管でNRF2を過剰に発現するように遺伝子改変したマウスを作りました。そしてこのマウスの健康状態を徹底的に調査したのです。結果を説明する前に、もう一度NRF2の働きについて復習しておきます。図2をご覧ください。
本来は、ミトコンドリアのエネルギー産生時に、副産物として出来てしまう活性酸素が、自らの酸化毒性を消すためにNRF2を活性化しています。そうしないと細胞は活性酸素で錆びついて、生きていられないのです。これを酸化ストレスと呼んでいます。NRF2は細胞の酸化ストレスを軽くするために、実に良くできたメカニズムで、実際に抗酸化性を示すタンパク質が5つも出来て、細胞のいたるところに発生する酸化ストレスを和らげているのです。
●今回の発見は、これまで良いこと尽くめだったNRF2でも、あり過ぎると毒になる(詳しくは → こちら)。
毒の中身は、図1の近位尿細管でグルコース再吸収の役目を果たしているSGLT2が、NRF2過剰マウスで増えていることです。つまり過剰なSGLT2が原因で、高血糖、尿細管線維化、尿タンパク質高値が観察されたというのです。極言すれば、過剰なNRF2で糖尿病が発症したのです。NRF2が悪玉に変身した初めての例です。
では、遺伝子改変ということではなく、食べ物に広く含まれているNRF2刺激物質ではどうでしょうか?例えば、コーヒーに含まれているクロロゲン酸を摂り過ぎると糖尿病になるのでしょうか?恐らくそういうことは起こらないはずです。何故ならコーヒーにはNRF2を抑制するトリゴネリンが入っているからです。
ではでは、クロロゲン酸のサプリメントを飲み続けたときはどうでしょうか?筆者はその可能性はあると思っていますが、今のところ調査されたことはありません。話を遺伝子改変マウスに戻しましょう。
●NRF2過剰マウスにコーヒーのトリゴネリンを投与すると、全ての症状が改善した。
図3をご覧ください。近位尿細管と血管に跨って、SGLT2があります。もしこのときNRF2が過剰に共存していると、SGLT2も多くなっています。そこで、トリゴネリンを投与してNRF2を阻害すると、SGLT2の働きも弱くなるのです。その結果、高血糖などの症状が治まったというわけです。
●冒頭に書いたSGLT2阻害薬と、トリゴネリンまたは浅煎りコーヒーを飲むのとではどちらが身体によいだろうか?
糖尿病の程度にもよりますが、筆者は先ずはコーヒーを飲むのが一番だと考えています。それでよい結果が得られないときに薬になる順番です。更には、
●SGLT2阻害薬をコーヒーで飲むということもあり得る。
これがもし心配であるならば、時間をおいて飲み分けるという方法もあります。今や「病気になったらコーヒーを飲む」という考え方に、専門家も賛成する論文が出始めています。今日紹介したモントリオール大学の論文も、まだマウスの実験ではありますが、いずれは2型糖尿病の治療法として評価される日が来るのではないかと、筆者は大いに期待しているところです。
(第444話 完)