シリーズ『くすりになったコーヒー』



 1971年にノーベル化学賞を受賞したEigen博士が提唱したのは「エラー・カタストロフ(ミスによる破局)」でした。今回のパンデミックで、この説を児玉龍彦・東大教授が応用して、感染の急速な終息と次の波への影響について提案しています。TVでもネットでも「ウイルス自壊説」が話題になっていますが、児玉教授以外にこれを解説するTV専門家はいないようです。それほど難しくて取っつき難い話なのです。


●児玉教授の主張は、「ウイルスが自壊して第5波が収束しても、免疫不全者の体内に多数の変異株が残っていて、どれかが第6波を引き起こす」。


 ということで、第6波に向けての政府の感染対策は「真に科学的になすべきである」とも提言しています(詳しくは → こちら)。Eigen博士のミスによる破局と児玉教授のウイルス自壊説の関係はYoutubeでも見られます(詳しくは → こちら)。


 TV報道の切っ掛けは、昨年9月のBSーTBSでした(詳しくは → こちら)。残念なことに、メインキャスターの理解不足で、説明する児玉教授が少し苛立つ場面もありました。ということで、難しい課題が益々ややこしくなってしまったのです。そんな中、9月22日の某工業組合HPに簡潔なまとめ記事が載っていて、筆者が思うには、一般の方にとってこの記事が最も分かり易く説明しています(詳しくは → こちら)。


 さて、図1はWHOが発表している変異株の種類です。デルタ株はインドで発現し、その後世界に広まりました。日本では第5波となって大暴れした変異株です。



 図2はデルタ株の感染が拡大したインドと日本の毎日の陽性者数の推移です。両国とも最後の波はデルタ株の感染で、他国と異なる綺麗な二等辺三角形を描いて、一応の終息を迎えました。他国の推移曲線がどうしてこうならないかと言いますと、恐らくロックダウンとか、早いうちにワクチン接種が始まったとか、現在は「死亡者の激減」を理由に経済活動が再開されている、等々の理由があるのかも知れません。



 ともあれ図2で、赤と青の直線は最後の波に至る前のベースラインに合わせたもので、最後の波が治まった時点で、陽性者の体内にはデルタ株も含めた複数の変異株がいると考えられます。変異株の内訳は解りませんが、そのどれかが次の波を作る可能性があるようです。インドと日本を比べると、直近のベースラインが、この直線の上にあるか下にあるかの違いがあります。これに何の意味があるのか、今は解りません。


●児玉教授の「ウイルス自壊説」によれば、感染終息後も免疫不全の人たちの体内に、それぞれ複数の変異株が同時に生存し続けている。


 こういう株のことを、児玉教授は「幹となる変異株」と呼んでいて、次に来る波の原因株と考えています。ベースラインの陽性者の中には免疫不全者もいるはずですが、日本のように、波の後のベースラインが波の前よりも下がっていれば、「幹となる変異株」の保有者が減っているとも考えられます。実際に次の波が起こらなければ本当のことは分からず仕舞いに終わるでしょうが、インドで最後の波から既に4ヶ月を経過しているのを見ると、さて日本はどうなるのでしょうか?


●ウイルス自壊はどのような分子メカニズムで起こっているのか?


 日本も東京都も新規陽性者の数が専門家の予想に反して激減しています。でも0になったわけではありません。TVでこの現象を説明する専門家は、児玉教授以外に見当たりませんが、当の本人は「新たな脅威となる変異株は免疫不全者の体内にいる」と思わせぶりです。ウイルスは自壊しても生き残りがいるのです。しかしその生き残り変異株は、免疫不全者の体内で生き残っているのですから、健常な免疫力には敵わないかも知れません。この想像が当たっていれば、ワクチン接種に加えて、自然免疫力を強化して感染リスクを下げ、仮に感染しても自壊してもらうような工夫も考えられます。


●児玉教授の「幹ウイルス」に勝つためには、自壊の分子メカニズムを知る必要がある。


 「ウイルス自壊説」によれば、自壊が起こる条件として、次の2つが挙げられています。


1.ウイルスの感染力が強いこと、つまり1つの細胞に多くのウイルスが入り込むこと。


2.ウイルスの複製速度が速いこと、つまり短時間に多くの複製が起こること。


 この2つはどちらもウイルス同士が競争することを意味しています。全てのウイルスが複製を達成するには、細胞の中のウイルスの原料が豊富でなければなりません。そこで考えられる対応策は、ウイルスに原料を与えなくすることです。


図3をご覧ください。この図は筆者が想像している自壊の分子メカニズムの概念です。



 今回のパンデミックを起こしたSARS-CoV-2ウイルスは、3万個の暗号分子からできている紐のような長い遺伝子RNAをもっています。図3にはそのほんの1部を4色の丸で描いてあります。この遺伝子RNAが鋳型になって、ヒト細胞の中にある4種類の暗号分子(リボ核酸塩基)を調達して複製するのです。遺伝子RNA配列が正しく複製されると増殖します(赤い矢印)。感染ウイルスが多過ぎると、量に限りがある原料の不足で、正しい配列を作れずに未完成で終わるものも出てきます、複製速度が速すぎると間違った原料を選ぶこともあるでしょう。


 このように、原料不足や早過ぎが原因で、僅かな間違いが生じれば、出来上がったウイルスは変異株になる可能性があります。間違いの数が多ければ、複製は中止ということになり、これが自壊に繋がります。そしてもし出来上がった変異株の中に、次の波にとって「懸念される変異株」があれば、いつ感染拡大してもおかしくないことになりますが、そうさせないためには、原料の量を減らしておく必要があると考えられます。


●複製に必要な原料には、リボ核酸の他にアミノ酸、脂肪酸、コレステロールもある。


 このウイルスには遺伝子RNAの他にタンパク質もあって、これはヒト細胞のアミノ酸から調達して作られています。この他にも、ウイルスの表面を覆っている脂肪膜がありますが、これもヒトの原料から作られるものです。つまり、複製して増殖できるウイルスの数は、感染細胞内にあるヒトの三大栄養素の量に依存しているのです。


 次回は「原料を減らす作戦」について考えます。

(第455話 完)