シリーズ『くすりになったコーヒー』


 17世紀半ばのロンドンに、ヨーロッパ初のコーヒーブームが起こりました。ブームが起こる前のイギリスで、コーヒーを飲んでいた最初の著名人は、オックスフォード大学医学部の解剖学者で、後に同大総長になったウイリアム・ハーベイでした(写真)。



 ハーベイは近代医学の創始者で、「血液循環論」は医学史に残る画期的な発見でした。そのハーベイがコーヒーと出会った切っ掛けは、エジプトからの留学生がお土産に持参したコーヒー豆が気に入ったからだそうです。ハーベイはコーヒーの虜になり、特に持病の痛風発作の痛みを消すめに、際限なく飲み続けていたそうです。


 やがてハーベイは、ロンドン中心部で開店したコーヒーハウス第1号「パスカロセ」の主人に頼まれて、客集めのポスターを監修しました。そのポスターこちらが今も大英博物館に残っています(詳しくは → 珈琲一杯の薬理学(医薬経済社)または → こちら)。



 ハーベイ先生が書いた広告文は、コーヒーの効き目をこれでもかと褒め称える内容でした。中でも筆者が仰天したのはこの1行です。


“It is excellent to prevent and cure the Dropsy, Gout, and Scurvy”


「特別に優れている効能は、浮腫病、痛風、壊血病を予防し治癒することである」


 17世紀半ばと言えば、まだビタミンの発見はありませんでした。なのに「コーヒーが壊血病(ビタミンC欠乏症)に良い」とは、一体その根拠は何なのでしょうか?また浮腫病は今ではペラグラと呼ばれるビタミンB3欠乏症で、コーヒーのニコチン酸が効く可能性はあると思います。痛風の原因は尿酸値の上昇で、今ではコーヒーが尿酸値を下げるとなっていますから、痛風の予防にはなるようです。しかし、鎮痛作用のないコーヒーで、痛風発作の痛みが消えるとは思えません。それでもコーヒーをこよなく好んで飲んでいたハーベイが、自分の経験で書いたのでしょうから、それを無下に否定することは出来ません。


 さて、そんな疑問にはっきり答えてくれる論文が、薬用植物の専門誌に掲載されました。


●コーヒーのクロロゲン酸が痛風発作を予防する(詳しくは → こちら)。

 これは古くから民間に伝承されている薬用植物にまつわる薬理学の専門誌(10月号)です。実験の内容は、まずマウスに痛風原因物質の尿酸を投与して、高尿酸血症の痛風モデルを作ることでした。このモデルマウスの体をつついたりして刺激すると、激しく反応して鳴き声を出したりするので、これを痛風発作に見立てて、予防薬や治療薬の効果を調べるのです。図1を見てください。今回の実験では、コーヒーの効果が調べられました。



●焙煎度の異なるコーヒー抽出液または各種のコーヒー成分を投与して実験した。

 コーヒー抽出液は濃縮エキスとして25~225mg/kgを投与しました。成分化合物としては、カフェイン、クロロゲン酸、その他、各10mg/kgを投与しました。効果判定では、TNFαなど炎症性サイトカインの血中濃度を測定することと、物理的刺激に対する痛み応答を観察することでした。


 実験の結果は、コーヒーは水より熱湯抽出が有効で、関与成分はクロロゲン酸とカフェ酸が効果的でした。この2つの関与成分には、インドメタシン相当の強い抗炎症・抗痛風効果が認められました(数値は省略します)。特に、痛風マウスの刺激に対する反応減弱は、ハーベイがコーヒーを飲んで痛みを減らしていたという故事が、薬理実験で証明されたことを意味します。動物実験とはいえ、そのコーヒー文化史的意義は極めて大きいと思われます。


●コーヒーの文化史で見れば、この動物実験は歴史的快挙と言える❣

 そこで、ハーベイが監修したコーヒーハウスの広告英文(1652年頃)を、読みやすくして参考に供します。英語が苦手ならば、Google翻訳ツールなどで、お読みください。きっと興味が湧く内容だと思います。


“The Vertue of the COFFEE Drink”

 THE Grain or Berry called Coffee, groweth upon little Trees, only in the Deserts of Arabia.

 It is brought from thence, and drunk generally throughout all the Grand Seigniors Dominions.

 It is a simple innocent thing, composed into a drink, by being dryed in an Oven, and ground to Powder, and boiled up with Spring water, and about half a pint of it to be drunk, fasting an hour before and not Eating an hour after, and to be taken as hot as possibly can be endured; the which will never fetch the skin off the mouth, or raise any Blisters, by reason of that Heat.

 The Turks drink at meals and other times, is usually Water, and their Dyet consists much of Fruit, the Crudities whereof are very much corrected by this Drink.

 The quality of this Drink is cold and Dry; and though it be a Dryer, yet it neither heats, nor inflames more than hot Posset.

 It forcloseth the Orifice of the Stomack, and fortifies the heat with- [missing text] its very good to help digestion, and therefore of great use to be [missing text] bout 3 or 4 a Clock afternoon, as well as in the morning.

[missing text] quickens the Spirits, and makes the Heart Lightsome. 

[missing text]is good against sore Eys, and the better if you hold your Head o’er it, and take in the Steem that way.

 It supresseth Fumes exceedingly, and therefore good against the Head-ach, and will very much stop any Defluxion of Rheumas, that distil from the Head upon the Stomach, and so prevent and help Consumptionsand the Cough of the Lungs.

 It is excellent to prevent and cure the Dropsy, Gout, and Scurvy.

 It is known by experience to be better then any other Drying Drink for People in years, or Children that have any running humors upon them, as the Kings Evil. &c.

 It is very good to prevent Mis-carryings in Child-bearing Women.

 It is a most excellent Remedy against the Spleen, Hypocondriack Winds, or the like.

 It will prevent Drowsiness, and make one fit for Busines, if one have occasion to Watch, and therefore you are not to drink of it after Supper, unless you intend to be watchful, for it will hinder sleep for 3 or 4 hours.

 It is observed that in Turkey, where this is generally drunk, that they are not troubled with the Stone, Gout, Dropsie, or Scurvy, and that their Skins are exceeding cleer and white.

 It is neither Laxative nor Restringent.

 Made and Sold in St. Michaels Alley in Cornhill, by Pasqua Rosee, at the Signe of his own Head.


(第457話 完)