シリーズ『くすりになったコーヒー』


●クローン病様の免疫系過剰反応を示す大腸がん患者にコーヒーが効く。


 大腸がんとコーヒーの関係は判然としません。女性では発がんリスクを下げるが、男性では影響ない・・・その他「効く、効かない」の論文が交錯しています。そんな中で、メイヨークリニック紀要の論文は刺激的で、編集部が解説記事を掲載しています(詳しくは → こちら )。


 この記事は、今まで「コーヒーと健康」の話は臨床とは無関係の巷の話として語られていましたが、もしかするとこれからは病院でも、少なくとも病院食のレベルで、前向きに語られる切っ掛けになるかも知れません。以下は、筆者の日本語訳です。じっくりお読みください。


Mayo Clin Proc. January 2022;97(1):15-17 Editorial

結腸直腸癌、クローン病様リンパ系過剰反応、生存率、そして美味しいコーヒーの力!


 美味しいコーヒーの力を過小評価しないでください1。確かに、過去40年間で、コーヒーの評判はより良いものに変化しました。1981年、「コーヒー習慣と膵臓がんの強い関連」について、369人の患者の症例対照研究が発表されました2。この予期していなかった観察結果が、交絡因子のコントロール不足であることを説明して、新たに制御された研究を実施して、近年になって全く逆の結論が導かれました。今やコーヒーは、がんのリスクを減らし、がんの予後を改善するというように、健康上の利益をもたらす飲み物なのです3


 このように好ましい観察結果が得られたのは当然のこととも思われます。コーヒーは世界で最も広く消費されている飲み物であり、ポリフェノール、メラノイジン、ジテルペン、カフェインなど1000を超える豊富な化合物の供給源であって、しかもその多くに健康を増進する可能性があるのです4。豆の種類、焙煎の方法と程度、淹れ方の手順、飲む量と頻度の差が、健康上の効果を変えるはずですが、結腸直腸癌の場合は全体的に好ましい傾向にあるとの論文が増えています。たとえば、9000人以上の個人を対象としたケースコントロール研究で、Schmit et al5は、1日あたり2.5杯以上のコーヒーが結腸直腸癌のリスクを低下させたと報告しています(オッズ比:0.46; 95%CI:0.39〜0.54; P<0.0001;1日1杯との比較)。同様に、前向き試験の二次分析で、Mackintosh et al6は、局所で悪化したか、または転移した1000人以上の患者について報告し、コーヒー消費量の増加はがん増悪を軽減すると結論づけました(1杯あたりのハザード比は0.95に低下;死亡リスクの場合は1杯あたりのハザード比は0.93に低下する)。筆者らの論文検索では、発表された12を超える論文が、結腸直腸がん患者またはリスクの高い群で、1日のコーヒー杯数と予後の改善が直接関連しています。確かに、これらの有望な調査結果は、出版バイアス(統計的に有意でない調査結果は発表されないことが多いということ)の存在と、初期の研究でコーヒーの有益な効果が見つかっても、それを確かめる前向(介入)試験の不足を物語っているだけかもしれません。それでもまとめて見ると、毎日のように増え続けるコーヒーと健康の論文は、コーヒーが結腸直腸がんに関連する健康上の利益をもたらすことを示唆しています。


 このような状況で、メイヨークリニック紀要の今号で、Ugai et al7の研究は極めて刺激的です。看護師健康調査と医療職追跡調査の結果報告では、調査員はコーヒー飲用と結腸直腸がん死亡率の改善との間に関連性がないとされていました。しかし、非一次多変量解析で、研究者らは、コーヒーの消費量が増えると、クローン病様リンパ球反応が高い患者の死亡リスクが低くなることを示しました(HR、0.55; 95%CI、0.37〜0.81;P=0.002 [for trend])。


 1990年に初めて報告されたクローン病のリンパ系反応とは、がん組織の境界近くのリンパ球クラスターで、クローン病がない場合に発生するものでした。このクラスター化は順次展開するように見え、早い段階でCD4+T細胞が優勢であることを示しています。時間経過に伴ってB細胞が増加、そして最終的に現れるリンパ系の構造は、表面的には機能的に監視されているかのように見えたのです。クローン病のようなリンパ系反応は、より良好な予後をもたらす傾向があり、DNAミスマッチ修復がんの患者でさえ、好ましい結果をもたらすとの研究もあります。クローン病のリンパ球反応と同様に、腫瘍周囲リンパ球反応、腫瘍内腺周囲反応、腫瘍浸潤リンパ球など、リンパ球凝集体の他のパターンも予後を予測する意義をもつとされています8。これをUgai et al7の研究と関連づけて、疫学的所見とメカニズムに基づく観察を統合すれば、コーヒーが結腸直腸がんの患者に同様の利益をもたらす“HowとWhy”について重要な示唆が得られるはずです。


 Ugai et al7らの研究から得られるのはどんなメッセージ(示唆のこと)ですか?結腸直腸癌を予防するために、私たち全員がコーヒーを飲む必要がありますか?飲んでいる人はもっと多く(ただし、1日4〜5杯まで)を飲む必要がありますか?結腸直腸癌の患者に同じことをアドバイスする必要がありますか? 筆者らは、少なくとも3つの理由から、後2つの質問に対する答えは不明だと思っています。まず、Ugai et al7の調査結果は、いくつかの点で、コーヒーが結腸直腸がん患者の予後を改善するという以前の論文に反していることです。以前の研究者らは「コーヒーと結腸直腸がんによる死亡率との有意な相関性を観察していなかった」し、さらには、クローン病様リンパ球反応に関してさえ、著者自身がメイヨークリニック紀要で説明しているように、「厳密なレベル(alpha=0.005)では統計的有意性に達しませんでしたが、コーヒー摂取量と結腸直腸がん特異的死亡率との関連は、クローン病様リンパ系反応(P=0.007[interaction])によって異なっていました。」。要するに、この研究は重要で魅力的ではありますが、臨床的に確実に応用できる結論には至っていないのです。 第二に、Ugai et alの今回の論文は、結腸直腸がん患者のコーヒー摂取量と免疫マーカーに関する最初の論文ではありません。以前、Ugai et al9は、コーヒー摂取量と結腸直腸がん組織の免疫細胞密度の関係を調べました。彼らは、多重蛍光抗体法で測定したCD3、CD4、CD8、CD45RO、およびFOXP3の数値から求めた上皮内または間質T細胞密度に基いて悪性腫瘍を分類して比較しても、コーヒー摂取量と結腸直腸がんとの間には関連性がないと報告しています。恐らく、以前に発表した所見と今回の所見の不一致を理解する鍵は、新旧の研究で異なる方法を用いてリンパ球浸潤を説明している点にあります。現在までのところ、固形腫瘍のリンパ球浸潤パターンと頻度を示すために絶対必要なスコアリングシステムが存在しないことが、異なる所見の原因となっていると思われます。それでも尚、これらの論文間の矛盾した結論は注目に値するもので、コーヒー摂取が結腸直腸がん患者の予後をどのように改善するか、それともしないのか、私たちは関心を持たざるを得ないのです。


 最後に第三として、現在の米国で結腸直腸がんはがん死亡原因第2位にランクされています。発生率が低下しているようにも見えますが、未知の何らかの理由によって、このがんは若年成人で増加しています。また、若年成人ではコーヒーの消費量も増加しているようです10。公表されている疫学研究全体と、もしかすると原因になるかも知れないというその時々の現象に基づくと、コーヒーが若年成人のがん発生率の上昇に無関係であるとは考えにくい状況です。しかし今はこれまで以上に、疫学研究の混乱を解消させる方法を見出すようなより多くの研究が必要です。Ugai et al7の研究は、がんのリスクを減らし、がんの予後を改善する方法を見つけることを目的として、注意深く監視された臨床試験を実施するか、あるいは尤もらしいライフスタイルの介入、例えばコーヒー摂取方法などを通じて、がん患者の予後のリスクを減らす方法を考える必要があるのです。コーヒーを飲むように、あるいは量を増やすように患者にアドバイスする前に、そのような研究結果を知る必要があるのです。「美味しいコーヒーの力」は、おそらく結腸直腸がん発生率を減らし、この悪性腫瘍と診断された患者の予後を改善するために利用される可能性があるのです。


Mojun Zhu, MD

Aminah Jatoi, MD

Department of Oncology

Mayo Clinic

Rochester, MN

Correspondence: Address to Aminah Jatoi, MD, Department of Oncology, Mayo Clinic, 200 First Street SW, Rochester, MN 55905 (jatoi.aminah@mayo.edu).


文献(省略)

(第462話 完)