1日3-4杯のコーヒーを飲む習慣が発症リスクを下げるという病気をまとめました。よくある高血圧はコーヒーとは無関係です。それでも、高血圧が原因の脳卒中や心血管疾患の発症リスクは、コーヒーを飲むことで下がります。一方、脳神経障害のパーキンソン病リスクは下がりますが、アルツハイマー病には確たるエビデンスがありません。疫学研究が難しい原因の1つとして、認知症の場合、自己申告が困難ということもあって、きちんとした調査は今後の展開に注目です。以下、病気ごとにまとめます。


●臓器がん(肝臓、口腔咽頭、皮膚、脳、子宮体、食道扁平上皮など)

 前世紀の半ば、「石炭みたいに、煤みたいに、黒いものはがんになる」と言って疑われたコーヒーでしたが、疫学研究の精度が上がった現在、臓器別に見たコーヒーの発がん抑制効果が確かなものになりつつあります。全てのがんとは行きませんが、肝臓がんでは、毎日コーヒーを飲む人のハザードリスクは、日本の調査ではHR=0.25の低値です。世界の平均は図1の通りです。たった1つの飲食物で医薬品とも思える効果が世界中どこでも似たデータとして注目されています。しかも、この傾向は、発がんの原因によらず、アルコールでも、ウイルスでも、ほとんど変わりはありません。レギュラーとデカフェを比較すると、カフェインの入ったレギュラーコーヒーの方が優れているようです。



●脳卒中(飲み過ぎには注意)

 三大死因病の1つでもある脳卒中には、脳出血と脳梗塞の2つがあります。疫学研究のほとんどすべてが脳卒中として集計しています。データの1例を図2の左に示します。毎日コーヒーを飲んでいると、脳卒中に罹るリスクは直近のメタ解析でHR=0.79に下がります。女性は男性より効き目が優れているようです。大事なことは、飲み過ぎると逆効果になることです。

 普段コーヒーを飲まない人にコーヒーを飲む実験をやってみると、わずかながら血圧が上昇します。一方、コーヒーを飲みつけている人に改めてコーヒーを飲む実験をしても血圧が上がることはありません。そして長い目で見ると、毎日のコーヒー習慣が脳卒中のリスクを下げているのです。


●心血管疾患(飲み過ぎ注意)

 これも三大死因病の1つで、略してCVDと呼んでいます。スタート時点で健康な人を調べた研究は数多くありますが、図2の右はその1例です。直近のデータでは、男女差は少なく、HR=0.85程度です。2型糖尿病患者がCVDを合併しても、コーヒーを飲む群の死亡リスクはHR=0.79、その他の死因も含めるとHR=0.69となります。ですから糖尿病患者の死亡原因としてはCVDが最も多いということになります。糖尿病になったら「コーヒーを飲みなさい」ということです。



●呼吸器疾患(昔カフェインは喘息の薬でした)

 肺炎や喘息の他に、高齢者の慢性閉塞性肺疾患(COPD)や睡眠時無呼吸症が増えて、呼吸器疾患による死亡率が世界的に高まっています。COPDの人は寝ている間に一時的に呼吸が止まる睡眠時無呼吸症が多いことも知られています。またCOPDの人は嚥下困難を生じることが多く、誤嚥性肺炎のリスク高まっています。このように一口に呼吸器疾患と言っても、色々な病気が重なり合って、疫学研究が困難な病気とも言えるのです。

 昔カフェインは喘息の薬でしたが、今世紀になって新生児の無呼吸発作にカフェインが使われるようになりました。新薬開発が困難なため、古くて新しい薬としてカフェインが見直されたのです。成人の場合には、後述するようにコーヒーを飲んでいると呼吸器疾患で死亡するリスクが低いことがほぼ確実です。従って、COPDになるリスクもコーヒーで下がると考えられるのですが、疫学研究では明確な結論を得ることは困難です。コーヒー習慣が呼吸器疾患による死亡リスクを下げる疫学データについては、図4の右端を見てください。


●2型糖尿病

 食べ過ぎと運動不足が原因で2型糖尿病になる人が後を絶ちません。昔は「食事制限をしっかりやっているのに血糖値が高めだ」と心配していましたが、今は「血糖値はそこそこ置いて、HbA1c(ヘモグロビンAワンシー)が上がらなければ大丈夫」と安心しています。でもそれは時間の問題で、やがて「インスリンの働きを良くする薬を処方しましょう」などと言われてしまうのです。「食べ過ぎなければ大丈夫」などとは、「言うは易く行うは難し」の典型なのです。

 それが何と毎日コーヒーを飲むだけで、女性ならばHR=0.45が達成できるのです。男性は女性ほどには下がりませんが、それでもHR=0.85程度には下がるのです。カフェイン入りのレギュラーでもデカフェでも同じようなデータが出ています。コーヒーが2型糖尿病のリスクを下げることは、今世紀のはじめに分かったことですが、未だに患者数が減ることはありません。


●高脂血症/肥満/メタボリックシンドローム

 これら3つは互いに合併し易い病気です。ただし、痩せていてもメタボリックシンドロームの診断を受けることがあります。俗に日本型/欧米型とも言われています。コーヒーとの関係を見ると、これら3つは2型糖尿病のリスク因子となっているので、2型糖尿病と同じようにコーヒーでリスクが下がるとも思えるのですが、実はそれほど単純な話ではありません。

 コーヒーの飲み過ぎは脂質代謝と糖質代謝に複雑に影響するので、結果は個人差が大きく予測困難です。従って、メタボリックシンドロームについても疫学データは色々です。肥満については、コーヒーを飲んでいる人は褐色脂肪が働いて体重増加のリスクが下がるとの論文が複数あります。ただし、コーヒーを飲むだけでは効果が小さいので、食事改善や運動に気を使わなければ成功しません。

 一方、もっと長い目で見るならば、これら3つのリスクよりも2型糖尿病にならないことが肝要で、そのためにコーヒーを飲むことがより健康的と言えるのです。そして、2型糖尿病にならなければ、脳卒中や心血管疾患になるリスクも大きく下がることになります。コーヒー習慣が臓器がんから脳神経疾患まで、幅広い病気のリスクを下げる最も基本的なメカニズムは、この脂質・糖質代謝の改善と言ってもよいのです。

 脂質・糖質代謝の改善 → 2型糖尿病予防 → 心血管系疾患予防 → 神経疾患の予防


●痛風/高尿酸血症

 400年ほど昔の話。現在のロンドンに、コーヒーハウスが3000店舗もできて大繁盛だったそうです。オックスフォード大の学長で病理学者だったウイリアム・ハーベーは大のコーヒー好きで、持病の痛風発作の痛みをコーヒーのがぶ飲みで癒していたそうです。現在の疫学研究でも、毎日コーヒーを飲む人は高尿酸血症になり難いとのデータが溜まってきました。1日6杯飲めばHR=0.50まで軽減できますが、1日に1杯でも飲んでいれば、統計的に有意な軽減効果があるとのデータです。女性より男性の方が効き目が良いようです。


●慢性腎臓病(CKD)

 腎臓のろ過機能はeGFR(推算糸球体濾過量)で評価されています。健康診断で測定する血清クレアチニン値と年齢と性別から計算できる数値で、ネットでも簡単に計算できます(例えば → こちら )。



 腎臓の働きは子供の頃が最も優れていて、その後は年とともに低下します。eGFR=60を切ると要注意になります。やがて食事制限が要求されますが、腎臓を護る食べ物はなかなか見つかりません。コーヒーは腎を護る最初の例と言っても良いほどです。毎日コーヒーを飲んでいる人が、終末期のeGFRに到達するリスク(eGFR≦15;血液透析を考える数値)は、飲まない人に比べて最大50%まで低下します(HR=0.5)。

 百寿時代を元気に過ごすには、先ずは腎機能を高く保つことが先決です。


●アルコール性肝炎/脂肪肝/NASH(NAFLD)/肝硬変

 肝臓がん以外の肝臓病は、やがて肝臓がんにまで発展します。肝臓がんの死亡率はがんの中で最も高いので、そうなる前に次の段階に進まないような生活習慣が大切です。アルコール性肝炎と脂肪肝についてコーヒー疫学データはほとんどありません。あるのは非アルコール性脂肪肝(NAFLD)と肝硬変(線維化)です。毎日のコーヒー習慣がNAFLDになるリスクをRR=0.88まで下げてくれます。線維化して肝硬変になるリスクはRR=0.65まで低下します。

 肝臓病は、「脂肪肝または肝炎→線維化→肝硬変→肝臓がん」というように段階的に悪くなります。その段階ごとにコーヒーを飲む習慣が病気の進行を遅らせてくれるのです。10年前までは「肝臓が悪くなったらコーヒーは止めなさい」と言っていたお医者さんですが、今はコーヒーを勧める側に変身しています。


●うつ病/自殺

 コーヒーは気分を和らげてリラックスする飲み物と言われています。それを納得させてくれる疫学データによれば、毎日コーヒーを飲む人はうつ病になるリスクがRR=0.73に下がります。同じ程度のリスク低下はお茶を飲む人でも見られます(RR=0.71)

 うつ病は自殺嗜好を生むとも言われますが、疫学データもそれを支持しています。毎日2-3杯のコーヒーを飲む人は自殺で死ぬリスクが、飲まない人に比べてRR=0.55に下がります。うつ病になるリスク低下と合わせると、気分がうつになり易い人は普段からコーヒーを飲む習慣を身に着けることが大事です。


●パーキンソン病/老化による物忘れ(呆け)/アルツハイマー型認知症

 この3つは脳神経系に問題が生じる病気で、患者数が多く、場合によっては社会問題化する病気でもあります。従って、コーヒーとの関係で疫学研究が盛んに行われていますが、データの信頼性について広く受け入れられたものではありません。現在も今後も論文は増え続けると思われますが、結論に至るには時間がかかりそうです。

 それでも、主に運動神経が障害されるパーキンソン病については、コーヒーとの因果関係が有る程度明確になりつつあります。喫煙者がパーキンソン病になりにくいことはほぼ確定した事実で、実はこのことがコーヒーのデータの信頼性を下げているのです。パーキンソン病を予防するコーヒーの効果の中に、喫煙者または元喫煙者が混入していて、それらを明確に排除することが難しいのです。もし喫煙者が入っていると、コーヒーの効き目と間違えて判定してしまうのです。比較的最近のデータ(2014年の論文)によれば、1日3杯を飲んでいる人がパーキンソン病になるリスクはRR=0.72まで軽減されるとのことです。

 次は老化による物忘れとアルツハイマー型認知症ですが、疫学研究でこの2つを明確に区別した研究は少ないのが現状です。それでも「加齢による生理学的物忘れはコーヒーを飲む人で少ない」は確かな事実と思われます。一方、アルツハイマー型認知症の調査では、単なる物忘れ症状の人が混ざってくること、および深刻な認知力低下のため、本人の申告に基づく調査が難しいため、疫学研究に十分と言える人数が集まりにくいという現実があります。病院単位の比較的少ない人数の調査に限れば、アルツハイマー病と診断された患者群の調査を実施した例もありますが、疫学研究としては規模が小さ過ぎて未だ発展途上の段階です。

 一方、ごく最近になって、MRIやPETなどの画像診断を利用して、コーヒーを飲んでいる群といない群で、アルツハイマー病との因果関係が指摘されているアミロイドβタンパク質量を比較する研究が注目されています。コーヒーを飲んでいる群でその量が少ないことが報告されて、今後の展開に期待されるところです。


●死亡リスクの低下

 最後は、「コーヒーを飲んでいると病気で死ぬリスクが減る」のまとめです。肝臓がん患者の寿命がコーヒーで延びるとの論文が出たのは2006年でした。次に日本の疫学研究が、病気の種類によらずコーヒーと死亡リスクとの関係を発表したのは2011年で、世界でも早い方でした。その後は世界各地から「病気によらずコーヒーを飲んでいる人の全死亡リスクが低いこと」、三大死因病についても「コーヒーを飲んでいると死亡リスクが下がること」が相次いで発表されました。図4は国立がん研究センターがまとめた日本人データです。1日3-4杯までのコーヒー習慣は三大死因病による死亡リスクを引き下げます。しかし、1日5杯以上を飲んでいると、リスク低下は逆転して高くなります。

 一方、死因によらない全死亡リスク(図4の左端)を見ると、三大死因病の疾患別死亡リスクと同じ動きをしています。つまり、全死亡リスクが下がることで寿命が伸びる理由は、個々の病気で死亡するリスクが下がるからと言えるのです。これは当たり前のことのようですが、仮に最初に「コーヒーで寿命が伸びること」が発表されても、人々はなかなか信じられないのではないでしょうか?そんな時に「寿命が伸びるのは三大死因病での死亡リスクが下がるから」と説明を受ければ、納得できるのではないでしょうか。



 図4からお分かりのように、がん患者がコーヒーを飲んでも死亡リスクに変化は起こりません。その理由として、臓器がんの種類は図1に描いただけでも17種類あります。中には恐らく「コーヒーを飲めば死亡リスクが下がるがん」があるでしょうし、そうでないがんもあるはずです。そして全体で見ると「コーヒーで死亡リスクが下がるがん患者数の割合が少ない」ので、図4では変化が見られないのではないでしょうか。


●以上の他にも患者数が少ないけれどコーヒーを飲んでいると罹りにくくなる病気は色々あるはずです。そういう病気は疫学研究でコーヒーの効果を確認することは出来ません。逆に大勢の人が罹る病気は疫学研究の格好の対象になっています。人数が多いほどデータの信憑性が高まるのは、交絡因子を消すことができるからです。例えば、過去に喫煙経験のある人を外して、コーヒーを飲む人の群を集団として集めることができるからです。今回まとめた疾患はどれも大勢の人が罹る病気なので、データの信憑性はかなり高いと想像できます。それを信じて、毎日コーヒーを飲むことは、きっと人生を良い方向に導くことになると、筆者は真面目に考えています。


 さあ皆さん、もしコーヒーを飲まない人が周囲にいたら、その人にコーヒーを勧める気になりましたか?もし一人でも仲間にすれば、その分だけ社会に健康な人が増えるはずです。


(第470話 完)