シリーズ『くすりになったコーヒー』
10年も前に米国の非営利団体がカリフォルニア州で起こした訴訟に対して、高等裁判所の判決が下りました(詳しくは → こちら)。
●コーヒーの販売業者は「コーヒーに発癌性物質アクリルアミドが含まれている」との警告文を表示せよ。
訴えの主な矛先はスタバ社で、同社は「コーヒーのアクリルアミドは人に癌を起こすほどではないし、むしろコーヒーには病気を予防する効能がある」と主張してきました。しかし「疑わしき発癌性は罰する」との州法に基づいて今回の判決になったのでしょう。スタバ社が最高裁判所に上告するかどうかは未定です。
原告は、州内で90を超えるコーヒーショップが、発癌性の疑いがあるアクリルアミドについて、「明確かつ合理的な警告」を表示してこなかったと主張していました。問題にされたのはコーヒー豆を焙煎する過程で生じるアクリルアミドで、実験動物の発癌性はほぼ確立された事実です。しかしヒトの発癌性となりますと、まだ議論の余地が残っています。
1.疫学研究によって、コーヒーによる臓器発癌性は否定された。
2.世界保健機構(WHO)は、発癌性食品リストにコーヒーを含めていない。
3.国際癌研究機関(IARC)は、「コーヒーと発癌の関連を示す証拠は確認できない」としている。
さて、このようにいろいろ議論はあるのですが、筆者が新たに引用したい論文には次のような驚くべき実験が載っています。
●アクリルアミドはヒトの体内でもできている(詳しくは → こちら)。
これについては以前から仮説がありました。「ヒトの血中グルコースがアミノ酸と反応するメイラード反応で、加熱調理の場合と同じようにアクリルアミドができる」という仮説です。しかし実験が困難で証明には至っていなかったのです。今回、それが遂に実現したのです。
普通に社会生活を送っている限り、アクリルアミドを全く含まない食事を摂り続けることは不可能です。熱をかけた食品にはほぼ例外なくアクリルアミドが入っているからです。そこで今回の実験では、アクリルアミドをほとんど含まない食事(低温調理した食事)を摂りつづけて、体内のアクリルアミドを可能な限り排泄した状態で、次の3つの実験を行いました。
1.放射標識したアクリルアミドを飲む。
2.アクリルアミドを多く含む食事を食べる。
3.コーヒーを飲む。
まずは図1をご覧ください。実験は13日間にわたって行われました(横軸)。縦軸は、尿に排泄されたアクリルアミドの量を、尿中クレアチニン量で補正した数値です。実験中の食事はアクリルアミドを含まないメニューで提供されました。アクリルアミドの1日排泄量は次第に減りましたが、0になることはなく、5日目からは最低値を推移していました。
実験9日目に高アクリルアミド食を摂ると、その後の24時間の尿中排泄量は最大になり、4日間でほぼ全量が排泄されました。5日目にコーヒー4杯を飲んだ時には、排泄量に大きな変化は起こっていません。
次に図2をご覧ください。アクリルアミドを食べずにいても、排泄量が一定の下限値を維持し続けるのは何故か?この疑問を解決するための実験です。
●放射標識したアクリルアミドを投与して、0にならない理由を探った。
アクリルアミドを含まない食事を開始すると、アクリルアミドの尿中排泄量は次第に減って4日間で最低値に達しました。そしてその後は決して0にはならず、ほぼ同じレベルが維持されていました。身体の何処かにアクリルアミドが蓄積しているのかも知れません。
そこで登場したのが5日目に投与した放射標識アクリルアミドです。もし蓄積部位があるならば、そこに放射能が蓄積して、尿中に排泄される放射能はだらだらと数週間は続くはずです。しかし実際には放射能の排泄は9日目に完全に0になりました。このとき非放射性のアクリルアミドの排泄は依然として続いていたのです。この実験によってほぼ間違いなく「アクリルアミドが体内でできている」ことが示されました。
●コーヒーを飲んでもアクリルアミド排泄量が大きく増えることはない。
再び図1をご覧ください。体内でできるアクリルアミドの量は、コーヒーに含まれている量にほぼ同じ程度で、排泄曲線が大きく変化することはありませんでした(図1の赤矢印)。それよりも、自由に食事を摂っていたときの数値、即ち実験を始めた第1日目の数値の方が、コーヒーを飲んだときの数値を上回っているのです。
以上が論文に書かれている内容ですが、日本人の私たちがこのデータをどう見たらよいの?厚労省が公開している日本人のアクリルアミド1日摂取量を参照して考えてみました。
●日本人のアクリルアミド1日推定摂取量(下表)はコーヒー1杯の5‐30倍(詳しくは → こちら)。
つまりコーヒーはアクリルアミドを比較的多く含んでいる飲料ですが、この表から推定する限りは、尿中排泄量の半分以上、または1日総摂取量の半分以上はコーヒー以外の食品に由来するアクリルアミドなのです。
さて、厚労省と農水省はWHOの指針を重く見て、「食品メーカーはアクリルアミドを減らす努力をしなさい。消費者はアクリルアミドを多く摂らないように気をつけましょう」とPRしています。ポテトチップなどのポテトスナック、クッキーやビスケットなどに多いアクリルアミドですがインスタントコーヒーにも多めに含まれています。それらに次いで多いのがレギュラーコーヒーとなっています。しかもこれら以外に、生の食材から自分で加熱調理する食事にも確実に含まれているのです。一体どうしたらよいのか、どんなに考えても答えは見つかってきません。
●コーヒーだけに限ってみれば、レギュラー1日5杯はアクリルアミドの1日総摂取量のほぼ半分、健康に良いとされる1日3杯ならば4分の1程度と推定できる。
(第345話 完)
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